ラニーニャ現象とジャガイモ

 ひさしぶりに日光らしい厳しい冬だったなと思っていたら、一転して暖かい日がつづいてあちらこちらの桜の開花がやたら早まっているようだ。低温にさらされたおかげで花芽の休眠打破がすすんだということのようだが、こうした振り幅の大きな気象はラニーニャ現象によるものらしい。

 ラニーニャとはスペイン語で女の子のことをいい、男の子の意味するエルニーニョは、ペルー沖の海水温が高くなる現象の名前としてよく知られている。ときにイワシの豊漁をもたらしたりするため、幼い神の子という意味もあるエルニーニョと呼ばれるようになった。

 このエルニーニョ現象には、遠く離れた西太平洋の海水温を低める働きもあるわけで、海水温が低いと周辺気圧が弱まる傾向がある。結果、日本列島の気温変動に影響し、ときに冷夏となって農作物に被害をあたえ、同時に暖かい冬をもたらすようになる。

 一方、ペルー沖の低温と西太平洋の高温をもたらすラニーニャ現象は、ほぼ逆の気象現象が現われるようになる。つまり日本列島は、厳冬・猛暑といった振幅の激しい気象となる確率が高いらしい。

 昨今の異常気象は、あるいはラニーニャ現象によるのかもしれない、ちなみにエルニーニョ現象の多くが1年程度で終息するのにくらべ、ラニーニャ現象は3年、4年と長くつづく傾向がある。
 確かに男というのはごくごく単純なもので、たとえ怒ったところで一晩寝たらけろりと忘れちゃったりするものだが、くらべて女がいったん怒りだすとそうはいかない、という話になるとあまりに横道に逸れすぎるか。

 そうしたわけで今年は暑くなりそうな予感がある。そこでいろいろ対策を進行しつつあるのだが、それは別の話としてお知らせしよう。とりあえず農作業を例年より早めにスタートさせ、毎年遅れてしまうジャガイモを植え付けた。

 作業そのものは変わらない。まずは種イモは陽ざしにあてて芽出しする。連作にならないような場所をえらんで耕し、元肥をほどこして張った黒マルチは、トーチ型ライターで穴を空ける。植え付けてから黒マルチを張る方法もあるが、強い日射しに出かかった芽が焼けてしまったことがあるのだ。

 芽出しをすませた種イモは、元気そうな芽だけを残して掻き落としておけば、あとで摘芽する手間がすこしは省けるかもしれない。あとは30センチ間隔で植え付ければ完了だが、あるいは例年のように猿どもに喰われてしまうかもしれない。
 芽が出てしまった食べのこしイモを、見つけやすい場所に囮(おとり)栽培してみようかとも考えている。

 追加……。昨秋に植えたそら豆が無事に冬越しした。霜よけを外し、倒伏防ぎを兼ねてキラキラテープを張ってみた。ネット情報によればアブラムシ除けになるらしい。

丸鋸ブレーキ修理

 ようやく暖かくなってきたので木工作業をはじめたところ、どうしたことかスライド丸鋸のブレーキが利かなくなっていた。20数年前の母屋建築のために購入というから、ひどく古い機種だからそろそろ寿命でもおかしくないが、なにはともあれ修理してみないことには気が収まらない。

 冬ごもり前には異常がなかったはずで、まずはカーボンブラシ不良を疑った。二か所のカーボンを外して点検するが、長さも十分だし、片減りや変形も見られない。となればスイッチの故障の可能性が高いわけだが、あるいは接点が焼けたための接触不良か。かれこれ十年前、スイッチを分解して接点研磨で直したことがある。

 モーターは電力で回転するものだが、別の力で回してやれば電力を起こす。つまり発電機になるわけだが、このシステムを応用して丸鋸のブレーキが考えられている。
 スイッチをOFFにすると、逆接点を通じて別コイルが作動し、惰性で回転している駆動モーターをすみやかに停止させる仕組みになっている。

 まずは駆動モーター部を取り外す。3本の長ビスを外して横に引き抜き、スイッチを収めたハンドル部はタッピングビス3本で止められている。3本のコードが接続されたスイッチを裏返し、細いマイナスドライバーでこじ開けると接点部が外せる。
 シーソー状になった接点部は、スイッチ動作に応じて反対側に導通するわけで、円形の接点部をよく磨いて組み立て直せばいい。

 これで直るはずだったが、症状は変わらなかった。あるいは接点復活剤を塗ればよかったのかもしれないが、スイッチを交換したほうが確実だろう。スイッチ写真をプリントアウトして販売店に取り寄せを依頼した。

 翌日に届いた部品は品番が違っていたようだが、形状その他は問題はなく、部品価格は1000円。3色のコードの位置を違わないよう差し込み、付属のイモネジでしっかり止めればよい。むろんブレーキも無事に復活。

 ついでに鋸刃も交換して修理終了。

金継ぎ

 前々から一度はやってみたいと思っていたけど、何とはなしに機会を失っていた。大体、陶磁器などは忙しいときにかぎって割ってしまうものだろう。気が急いて手もとがおろそかになったりするのが原因だが、そんな状態では七面倒な細工ごとは考えたくもないわけで、やったことのない「金継ぎ」などには手が出ないということになる。

 第一、わざわざ直してみたくなるような高価な器は所蔵していない。加えてあまりに手ひどく割れたりすると、あきらめが先に立ってしまい、そのまま廃棄ということになっていたのだろう。
 つい先日、普段使いの皿が割れてしまった。益子焼の安手物だが、二枚セットだったので、夫婦の食卓に便利に使われていた。しかし、バッカリ割れた具合がほどよく、破片の紛失もない。いかにも「金継ぎ」向きのように思われた。

 ネット情報を調べると、思いのほか盛り沢山で、ちょっとした人気らしいことがわかる。くわしい方法はそれを調べてもらうほうが早いのだが、そうした情報のほとんどは、破片の接着に「うるし」を使うようだった。が、それでは弱いようにも思われ、いっそ2液性のエポキシ樹脂のほうがより強固に接着するのではと考えた。

 断面にエポキシ樹脂をぬり、ずれないように接着する。乾くまでテープなどで固定したほうがより安全だろう。一晩放置して、しっかり固まったら、はみ出した樹脂をカッターなどで削りおとす。さらに耐水ペーパーを使い、指でさわって段差が感じられなくなるまで丁寧に磨く。

 割れ目に沿って細筆で「うるし」をぬり、それが乾かないうちに「金粉」をふりかけて定着させる。いわゆる「蒔絵」の技法ということになる。

 ちなみに義父の遺品に「新うるしの金粉セット」が残っていた。釣り好きだったから浮子などを手作りしたらしく、かれこれ15年以上前のものだが、むろん変質の心配はない。ただし、残されたセットでは「透明うるし」に金粉を混ぜこむように書かれている。

 ところが調べたネット情報の多くが「黒うるし」を使用している。その理由は定かではないが、あるいは背景が黒いほうが、金粉がより輝くのかもしれない。そこで情報どおりに黒うるしを塗り、太い筆に金粉をまぶして蒔き、よく乾かしてから余分な金粉をぬぐい落した。
 仕上がりは、まあ、「素人なり」だが、普段使いには問題はないだろう。

 ……と思われたが、何度か使い、洗剤で洗っているうちに金粉がはげ落ちてしまった。使用した「新うるし」は乾きやすいから十分接着しなかったか。あるいは「透明うるし」に金粉を混ぜこむ方式のほうがよかったのかもしれない。

春の事始め

 事始めという行事がある。正月行事を始めたり、農作業始めに田の神様をお祀りしたりと目的に合わせ、それぞれ12月8日や2月8日に行うところが多い。そこから「事八日」(ことようか)などと呼ばれているのだろうが、なぜその日なのかはわからない。
 わが家の「事始め」は3月に入ってからか。寒さに縮こまった冬眠状態にも飽き飽きして、手はじめにパソコンの「やよい会計」を起動させて確定申告を済ませたりする。

 農作業もはじめたいが、まだまだ畑は凍りついたままだから、やれることは少ない。いつも遅れ気味になるジャガイモ植え付けは、何度か雨降りがなければ耕すこともできない。ヤギ糞堆肥づくりをはじめてもよいのだが、ちょっと体慣らしの必要がありそうなので、ならばとニンニク畑での追肥作業からはじめた。

 昨秋に植え込んだニンニクは、タマネギ用マルチを使って1条空けにしてある。空いた穴が追肥用で、粒状の化学肥料を一つまみずつ投入したが、とくに土を混ぜたり乗せたりもせず、雨によって染みこませればよいことにした。

 そんな簡単作業の合間に思いついたのだが、保存してあった生ニンニクのほとんどに芽が出てしまっている。そのままでは使えないが、いっそ「葉ニンニク」にしてしまえば利用できるのではないか。葉ニンニクなど食べたことはないし、どんな料理にすればよいかもわからないが、大きく育ってから調べればいいだろう。

 かなり芽が出てしまっている。そのまま植えても育つかもしれないが、やはり一片ずつにほぐすことにした。鱗片はフカフカとやわらかになって扱いにくいし、せっかくの芽を折ってしまえば育たない、とあんがい苦労してほぐし、元肥もほどこさずに適当にならべて植え込んだ。はたして育つかはわからない、ダメ元の作業だった。

 話はころりと変わるが、どうしたことか奥さんが「現代農業」を購読しはじめている。ヤギ飼いで忙しく、土いじりなど一切しないはずだが、どうやら出版社の営業マンが読者宅を一軒一軒訪問しているのを意気に感じて決めたらしい。それにしても読んでるふうには全然見えない。はてさて、その目的は……とやたらいぶかしく思っているところだ。

英字キーボード

 モバイルPCにThinkpad X61sを使い、待ち時間の多い病院通いに重宝している。もう10数年も前(IBMからLenovoに変わったころ)の発売機種だが、SSD換装やメモリ増強で高速化すれば、まだまだ十分使える。抜群の耐久性や修理部品の入手、キーボードの打ち易さを考えると、いまのところ手放す気はない。

 先日、たまたまオークションでX61を見かけた。姉妹機種とあって共通部品が多いので予備機にするつもりで応札すると、スタート価格のまま落札。送料込みでたった2千数百円ながら、けっこう新しげだし、電源も入りBIOSも立ち上がる。ただしキートップにカナ表記がない。つまり英字キーボードだったわけで、これがため応札がなかったらしい。

 英字キーボードが人気、と聞いたことがある。スタバにモバイルPCを持ち込んでキーを打っている連中は、きまってカナ表記のない英字キーボードらしい。どうやらプログラミングにはカナは使わないから、その格好よさを真似たようだとも聞いたが、そうした人たちの多くは、Macあたりのスタイリッシュさを好むだろうから、武骨一辺倒のThinkpadでは似合わないのかもしれない。

 初めてキーボードに触れたのは40数年前のことになり、ワープロだったそれのキーボードは親指シフトというものだった。やがてJIS配列キーボードを使うようになるのだが、そのさいローマ字変換とカナ変換の選択を迫られたのを思い出した。

 ローマ字変換であれば、アルファベット26文字を覚えればよい。一方、カナ変換はその倍近いキーを使いこなすことになり、数字を打つたびに入力モード変える必要がある。そのためローマ字変換が推奨されたりしたが、私自身はカナ変換を使う。日本語で小説を書いているのに、アルファベットを意識するのはそぐわない気がするのだ。

 ちなみにウチの奥さんはローマ字変換で、いかにもベテランといった感じにいそがしく打っている。それはつまりローマ字変換は、子音の表記に2文字使うことになり、当然、打鍵数が多くなるという事象があるからだ。Wikipedia「親指シフト」の入力速度の項目によれば、ある文章を入力したときの打鍵数は、親指シフトを1.0とした場合、カナ変換1.1、ローマ字変換1.7の比率になるらしい。

 またローマ字変換は子供の英語教育をダメにする、との意見もある。たとえばローマ字による母音は五つだが、英語の母音は16種類(よく知らないけど)もあるため、ローマ字変換でカタカナ英語が染みついていると、かんたんな英語の発音につまずいてしまうらしい。つまりローマ字読みが定着してしまった子供は、英語を習い始めても、ローマ字読みから脱却するのに時間がかかると言うのだ。

 どちらの変換を使うかは好みの問題になるだろうけど、とりあえずLinuxのubuntuが入ったSSDをセットし(こうした作業もThinkpadならひどく簡単)、英字キーボードを使えるよう設定する。つまり端末を呼出し、コマンド操作するわけだが、その作業中に、おや、と気がついた。

 英字キーボードだから、いわゆるUSキーボードと思っていたが、それとは配列が微妙に違っている。あるいは英国式かと調べたが、これとも合致しない。これでは設定できないため、いろいろ調べることになったが、何のことはない。いくつかのキーが記号表記になっているが、日本語配列と寸分違わない。どうやら「日本語配列カナなし」キーボードらしいのだが、それにしては表記がおかしいのでいますこし調べる必要がある。

 何ともやれやれの話なのだが、@や「」マークの表記がないのは不便で仕方がない。とりあえずプリントした白抜き文字を貼りつけ、今しばらくは使って見ることにしたが、あるいは日本語キーボードと交換するかもしれない。このあたりが容易に出来るのもThinkpadの特色ということになろう。

冬越しのバターナッツ

 書けない小説書きは、旅に出るか、酒場にたむろするのが常だろうけど、70歳半ばになると両方とも億劫で、おおよそは厨房入りでやりすごすことになる。そうしたわけで今日のブログも料理ネタなのだが、寒波つづきで野菜高騰のおり、大いに活躍した冬越しバターナッツを取り上げる。

 冬至カボチャの例があるように、カボチャの類は保存性がよく、加えて少し寝かせたほうが甘みを増し、栄養分も増えるらしい。しかしわが家では、カボチャの仲間バターナッツを「猿害対策」として栽培している。どうした理由からか、猿どもはまったく悪さをしないのだ。

 カボチヤらしからぬ色合いか、はたまた硬くてツルっとした肌触りを嫌うのか。一度だけ未熟のころに齧られたことがあるが、その不味さに懲りたのかもしれない。どうやら猿どもは、そうした体験を共有するらしく、お隣さんの普通カボチャがさんざん荒らされるのをよそに、わが家のバターナッツは毎年ぶじに収穫を迎える。

 しかも入手したバターナッツは、自家採種が可能なので種子代はかからず、発芽さえすませれば放置栽培でも十分収穫できるのはありがたいし、なにより野菜不足になる今ごろまで食べられるのだから言うことはない。

 まずはスープだろう。皮をむき、種とワタを取ってひと口大に切り、水とブイヨンを入れてよく煮込む。薄切り玉ねぎを炒めるレシピもあるようだが、わが家のようにバターナッツのみでも十分美味しい。圧力鍋で3分ほど加熱し、バーミックスで攪拌しながら牛乳でのばし、甘みが不足なら砂糖少々というのだから、調理というほどのこともないが、硬い皮むきだけがちょっと骨。

 また牛乳でのばす前の状態をタッパーに入れて冷凍しておく。凍ったまま弱火で解かし、牛乳でのばすだけだから、まったくもってお手軽だし、冷凍品とは思えないほどのなめらかさは絶品だ。ついでながら翌日になるとより甘さが増すように思えるのもおもしろい。

 またローストしたり、薄くスライスしてサラダにするのもいいらしい。つい最近、宇都宮のレストランで食したレシピは、マッシュしたバターナッツに、玉ねぎのみじん切りと細かくしたピーナッツが入っていた。ナッツ&ナッツとでも名付けたいような感じだが、マッシュのなめらかさと豆のツブツブした食感がおもしろく、けっこう美味しかったので奥さんに再現してもらった。

春の苦み・ふきのとう

 4年ぶりの大雪があったり、きびしい寒さがつづいた今年は、ひさしぶりに日光らしい冬を味わった。例年、マイナス10℃ほどだった最低気温がマイナス12℃近くを記録したし、真冬日(昼間の気温が0℃以下)が何日間もあったが、ここ2,3日の暖かさですこしずつだが春めいて来たようだ。

 母屋の北側には凍りついた雪がのこっており、このぶんなら3月の声を聞くまで融けずじまいになりそうだ。そんな気候だから「まだちと早いかな」と思いつつ春をみつけに散歩としゃれこんだ。2月中旬ごろ顔を見せるはずの「ふきのとう」探しだ。

 目指す「ふきのとう」は、わが家の背後につづく休耕地に生えてくる。東西にのびる谷間の南斜面ぎわのわずかに平地だが、どうやら水が湧くようで畑地にむかないのだろう。ミミズを狙うらしいイノシシがいつも掘り返しているような場所だ。

 探すまでもなかった。枯草の間を歩きはじめると、ぽつぽつと緑いろが見えてくる。野ふきの花芽だから大きさは親指ほどしかなく、指先でつまんでねじり採ると、ほろ苦さがまじった香りがプンとあたりに漂う。いくぶんか青臭さも感じるが、それこそが春の匂いなのだろう。

 野生のふきはアクが強い。採取したらすぐに水に晒したり、さっと茹でたりするようだが、わが家ではそうした工夫を一切しない。一番外側の黒くなった葉を取り除き、ざくっと刻み、そのままごま油で炒め、酒、砂糖、顆粒出汁、最後に味噌を加えるだけ。いつもこのレシピでさわやかな苦みを味わうのである。

 ちなみに日光地方では、山椒の若葉(木の芽)の佃煮が名物だが、私はどうもこれがいけない。ほんの少しでも口にすると、腹具合が必ずゆるくなってしまう。ところが不思議なことに「ふきのとう」はまったく大丈夫。アクもかなり強いはずだが、山椒のそれとは性質がちがうのだろうか。

 ともあれ今年も春の苦みを味わった。冬眠の穴から這い出した熊は、一番初めに水辺に生えた「ふきのとう」を食べるらしい。春の苦みが冬眠のストレスを癒し、山野をかけめぐる活力を与えるのだろう。それに倣ってこちらも、そろそろ冬眠明けにするとしようか。

芽キャベツの残念

 今冬の楽しみがひとつ消滅する。今年のニューカマーとして「芽キャベツ」を植え、1月中頃の収穫予定、と昨秋に紹介したが、やたら生長が遅れていて、この分では収穫までたどり着けそうもない。

 苗を購入したのは、たしか10月に入ってからだ。初めての栽培だけにネット情報を頼りにすすめていたが、11月の記事掲載時でも成長が遅れ気味のような感じだった。そこで追肥などを処置したが、とうとう遅れを取りもどせずじまいになってしまったのだ。

 どうやら日当たりが悪いと結球不足になり易いようだし、水分不足や肥料切れもいけないらしい。あるいはデッキでの鉢植えでは無理なのか、とも考えたが、件のネット情報によればプランターでの栽培も十分可能とある。
 もっとも畑に地植えしていたら、この大雪に埋まっていたろうから、収穫不能ということでは同じ結果になっていたにちがいない。

 結局のところ日光のような寒冷地では、温かいうちに十分生長させておく必要があるのだろう。再度挑戦するかはまだ決めていないが、早々8月ごろには種をまき、11月には茎の太さ3センチになるようにするつもりだ。

 試しにスーパーマーケットで購入した「芽キャベツ」と比べてみる。その小ささに笑ってしまうが、予告したように自家製サトイモと一緒にホワイトシチューにしてみたけど、こんなに小さいと探すのは無理だろう。

 サトイモは小さめを選んだので出来上がりはわるくなかったが、芽キャベツの味は「可もなし不可もなし」といったところだろう。いわゆる「彩り野菜」の範疇に入るのかもしれないが、そのわりには仕上がり色がよくない。

 そう言えば、軽く塩ゆでした「芽キャベツ」をシチューに紛れこませてしまえば、もっと鮮やかな緑色で撮影できたな、とカメラマンのころ盛んに使った技法をちょっと思い出した。流行りの言葉で言えば「フェイク・テクニック」ということになるだろうか。

燻製レシピ・鶏のささみ

 先日、ショルダーハムを燻したさい、前々から気になっていた「鶏ささみの燻製」を一緒につくってみた。WEBで拝見したもので、ひょっとしたらブログ主宰者(GRI氏)のオリジナル・レシピかもしれないけど、料理レシピの著作権は気にしないでよいらしいので、少し変更して掲載してみる。のちほど当該ブログにはコメントを入れておくつもりだ。

鶏ささみ 15本の漬け込み液
酒50㏄  みりん50㏄  しょう油100㏄  三温糖大さじ1  味噌大さじ1
ニンニク・しょうがのすりおろし各小さじ1  唐辛子みそ少々(後述)

 例によってささみはフォークなどで肉刺しておき、漬け込み液ごとビニール袋に入れ、冷蔵庫で一昼夜ほど味付けする。

 さっと水洗いする程度に塩抜きし、水気をよく拭き取ったあとピチットシートで包み込み、ふたたび冷蔵庫で一晩乾燥させる。

 魚焼き用の鉄串に刺してスモークする。ショルダーハムと同じく60℃ほどの燻煙だが2時間で切り上げた。
 仕上げにレシピどおり日本酒をスプレーする。よい艶に仕上がった。

 ちなみにウイスキー樽を利用したスモーカーでは、チップは使わず、炭火を熾したコンロに桜の薪を直接のせるという適当な方法。あまりに炭火が強いと、薪が燃えあがって温度が上がりすぎるため、そのあたりの加減がむずかしい。

 そうしたわけで、GRI氏のような微妙な温度管理は不可能。そこで生っぽさを避けるため、ショルダーハムと同じくボイルすることにした。ただし直接湯に入れず、ビニール袋ごしの湯煎状態にして、64~65℃で3時間。

 結果、味は上々だったが、少し熱が入り過ぎた感じがする。つぎは1時間程度の湯煎にしてみるつもりだ。

 ところで漬け込み液に入れた「からしみそ」は、鬼怒川温泉にむかう国道121号と船生街道(県道77号)の丁字路にある「とびこみ屋」さんの手づくり品だ。
 三角巾で頭をつつんだお姉さんがキリキリ働いていて、かつ丼をかかえこんだ隣テーブルのお客が「よう」と目顔であいさつ。よくよくみたらフーテンの寅さんそっくり、といった雰囲気がする定食屋さんです。

 唐辛子の辛さばかりではなく、うまみも含まれた複雑な味が気に入り、うどんに入れたり、マーボ豆腐に使ったりと重宝している。もう残り少ないので近々買いに行くことになりそうだ。

校正とEPUBリーダー

 広辞苑が10年ぶりに改訂されたが、追加項目のいくつかに誤りがあるらしく、ネットで大騒ぎしている。同書旧版でも「芦屋」の記述に誤りがあったが、初版以来50年も経ってから判明したもので、40年近く使用している手持ち広辞苑(なんと第一版だ)を赤ペンで訂正した記憶がある。

 現在のネット社会は、この手のミスを見逃さず、しかも許さない傾向がある。間違いはまたたくまに指摘され、糾弾され、ネット上で炎上騒ぎとなる。ときには存在そのものまで否定されてしまうことがあり、まるで遊びのないハンドルで社会が運転されているようで、やたら窮屈に感じる。
 校閲担当者の心労察するばかりだが、電子書籍を配信している身には「他人事じゃない」と校閲・校正のあれこれを思い起こしたりした。

 広辞苑の事例は、文章記述の誤りだから校閲作業になるが、私が配信する小説やエッセイの場合、誤字脱字、変換ミスといった文字の誤り、つまり校正作業がほとんどだ。
 そして「てにをは」の付け違いも多い。たとえば「馬に……」と書いて、つづけて「乗る」と書くつもりが考え直し、「……行く」と書いて、「馬に行く」となってしまう。調子よく書きすすめているときに多く、移り気の気質がもろに現れてしまうのだ。

 いずれにしろ校正は辛気くさい作業だ。ついついおろそかになりやすいが、電子書籍のセルフパブリッシングでは、校正の不備が命取りになりかねないので、およそは次のようなステップで作業をすすめている。

●モニター上で読む
 書いた部分をその都度チェックし、書きおえてから全体を通して読み直す。wordや一太郞の校正機能は、万全ではないながら一応チェックすることにしている。
●プリントによる校正
 モニターで読むと、スクロールなどに気をとられるせいか集中できない。プリントアウトすればどこでも読めるという利点があり、プリントに赤字を入れるので修正場所が残るのもありがたい。あるいは雰囲気を変わるのがいいのかもしれず、プリントを電車や喫茶店で読んだりするのも効果的だった。とにかく必須。
●EPUB画面で読む
 配信直前のEPUBファイルを読むのは、最終チェックとしてかなり有効だ。たとえばAdobe Digtal Editions 3やReadiumといったEPUBリーダーを利用すれば、PC内のローカルファイルを直接読むことができる。

 さらにはKindle Previewer 3を使い、タブレット、スマートフォン、kindle端末の画面でプレビューすれば、より読者の雰囲気で校正できるだろう。
 こうした方法の欠点は、校正場所(あるいは字句)をいちいち別記する必要があることだろうか。そこでword画面に立ち戻り、校正字句を検索して修正することにしている。

 ちなみにWindows10では、2017年4月のCreators Updateを更新(バージョン1705以上に)すると、Microsooft EdgeでEPUBファイルが直接閲覧できるようになった。どうやらFireFoxのアドオン(拡張機能)だったEPUBreadeを採用したようで、縦組みにも対応し、本の見開きのような表示でかなり読みやすい。

 このEdgeは、Webページにメモを書き込むことができるのだが、この機能をEPUB閲覧に利用できないか試してみたが駄目だった。機能追加を心待ちにしている。

 ついでながら見本に使った「つくる暮らし」は、いま書きすすめているエッセイ作品で、春ごろには配信したいと考えている。
 
 おまけ写真。先日は4年ぶりの大雪だった。