OMソーラーの修理

 わが家のセルフビルドは1994年の春にスタートしている。完成となると定かではなく、一年半後に住みはじめたが、床板は張れておらず下地コンパネの上を土足で生活していた。しかしOMソーラーの工事は屋根工事と同時のはずだから、およそ23、4年前の設置ということになる。

 空気集熱方式のOMソーラーや、考案者の奥村昭雄氏(東京藝術大学名誉教授)についてはここでは書き触れないけど、かなり初期の導入だったことになる。20数年間のトラブルと言えば、雷電波をひろって損傷したマイコンを交換したぐらいなもので、機構そのものは故障しらずでよく働いてくれた。

 ところが半年ほど前、どうも床下に熱が送られていないのに気がついた。この冬は特別に寒かったため気づくのが遅れたのだが、屋根で行われる集熱は、いわゆる温室だから故障のしようがなく、集熱ファンも作動音を聞くかぎり回っているようだ。それでいて床下に風が送られてこないのだ。

 書き忘れているが、OM設置も工務店なしのセルフビルドだった。構造計算を依頼した若手建築家が浜松まで出向いて講習会に参加し、日光市初めての導入事例になったはずで、設置時にはOM協会からの技術指導をたのみ(文字通り指導するだけで、釘一本打たなかった)、板金屋さんに手伝ってもらって工事した。たとえば曲がりくねったダクトの接続工事は、建築家と奥さんが担当といった具合だ。

 そうしたことから故障調査も建築家にお願いしたのだが、どうもはっきり原因がつかめない。同じころ故障した貯湯タンク(夏になると排出する高温空気でお湯を取る)との関連も疑われたが、どうやらハンドリングボックス(集熱した空気を床下に送ったり、屋外に排出する)のダンパーを動かすモーターの故障と判明。20年以上も使ったので寿命と考えてよく、取り寄せて交換ということになった。

 交換作業は建築家と電気屋さんが当たってくれ、私はまったくノータッチだ。若手だった建築家もすっかりおじさんになり、かなり老眼がすすんでいるらしく、マニュアルを読むのも苦労している様子。
 作業手順を把握するのがやたら難解だったけど、作業そのものはごく順調。スイス製のあたらしいモーターの軸位置をたしかめて取り付け、ソケットをマイコンの所定の場所に差し込むだけだった。ただし曇天のため集熱されていないので動作は確認できない。
 翌日、棟温度45℃になり動作しているのを確認。その後、あたらしい貯湯タンクも設置されてお湯とりも開始し、このところの好天気には、ボイラーをほとんど作動させずに入浴できている。

ついでのトピックス
……嵐も吹けば、雨も降る……
 鹿にかじられ、猿に引っこ抜かれたりしたが、しぶとく何本か残ってどうにかこうにか収穫をむかえ、ペコリーノチーズと一緒に食卓にのっている。
……ここに倖あり、あおい空……
 生食用ファーベ(そら豆)を話題にしているが、唄がやたら古い。

A4箪笥+柿渋

 わが家にある柿渋染めの酒袋製品をみながら、いつかは柿渋を試してみようと思っていた。じつを言うと母屋をセルフビルドしたとき、丸太用の柿渋づくりに挑戦したことがあり、青柿ジュースを絞るまでやってみたが見事に失敗。仕方なく市販の柿渋を使ってみたが、思うような結果が出なかった記憶がある。

 今回、A4箪笥に試してみる「上柿渋色人」とは、着色専用の柿渋らしい。染料などの着色料は一切使わず、天然の渋からつくられていて、木材はもちろん、布・和紙などにも使えるとある。ただし通常の柿渋のように耐水性、防虫防腐効果はないらしいので、塗り乾かしたあと、オイルフィニッシュで仕上げるつもりだ。

 A4箪笥は240番ほどの細かいペーパーで丁寧に仕上げた。とくに木工ボンドの塗り跡には着色されないので注意が必要。
 柿渋人のキャップをあけると、オイルスティンのような石油臭とはまったくちがい、かすかな発酵臭(腐敗臭?)がする。使用する分量をとりわけるが、そのあときっちり蓋を閉めておかないと、ゲル状に固まって膜が張ってしまう。通常の柿渋でも同じょうな現象が起きるらしい。

 かなり濃いので水で2倍にうすめて使用するが、塗り方にコツはない。ハケは木目に沿って動かしたほうがムラなく塗れ、2度塗りしたほうが濃くなるようだが、今回は一度塗りですませた。
 水溶性なのでハケは水洗いでよいのだが、ふと懸念があるのに気がついた。

 一晩乾かしたあと、やはり、とすこしばかりがっかりする。ツルツルにペーパー仕上げしたはずの表面が、ひどくザラザラしている。このあたりがサンダー加工の欠点で、水分を吸って木の繊維が起きあがってしまったのだ。よく切れる和鉋仕上げのようなわけにはいかない。

 そのぶんオイルフィニッシュ時の研ぎ上げに時間をかけた。オイルを塗り、乾かないうちに400番ほどの耐水ペーパーで円を描くように研ぐ。研ぎカスを十分だしたあと、乾いた布で木目に沿って拭いとれば、研ぎカスが細胞の導管に入り、同時に繊維の毛羽立ちを寝かせてくれる。

 完全に乾かしたらもう一度オイルを塗り、よく乾いた布でふき取ってしまえば、好みのしっとりした感じに仕上がる。
 柿渋の色合いもわるくなかったが、作業している間に次は「お歯黒染め」を試してみようか、と思いついた。

 

 

おまけのトピックス

 猿来襲! ジャガイモ全滅だ。しかも二度にわたっての波状攻撃。
 初めの来襲では、囮栽培の畑だけの被害ですんだので、もくろみ通りの展開だ、とほくそ笑んでいた三日後に再来襲されてはたまらない。
 もう大丈夫だろうと、追肥と土寄せした北側の畑はむざんに荒らされ、行きがけの駄賃とばかりに芽を出しはじめた苗類やソラマメもひっこ抜かれてしまった。
 ニンニク、茗荷は無事だったが、しかし許さん! と思わず動物撃退用のゴムパチンコをポチッってしまった。

A4箪笥

 引き出しを主にした収納家具は「箪笥」とよばれ、ほとんどの場合、収納するものにあわせてつくられる。それぞれ衣装箪笥・茶箪笥・薬箪笥・刀箪笥といったふうに名づけられ、変わったところでは、運び出しやすいように車輪を付けた車箪笥、二階への上り下りに使える階段箪笥、船に積みこんで使う船箪笥などがある。

 今回つくっているのは、江戸のころだったら帳箪笥とよばれた。商家の主人あるいは番頭が帳付けをする帳場に置かれたもので、金箱や大事な書付を入れる「からくり」を備えた帳場箪笥とはちがい、もっぱら大福帳などを収納する小箪笥をいった。
 ちなみに商家の帳場は木の縦格子で囲まれているものだが、仕切りというには低いものだし、むろん飾りというわけではない。主人あるいは番頭のみが入れる結界を意味し、許可なく立ち入ることを禁じているのだ。

 商家ではないので大福帳はもとより家計簿なども付けないけれど、多少なりとも保存したい書類や資料があり、そのほとんどがA4サイズなので、A4箪笥とでも名付けようかと思っている。
 高さを変えた引き出し5種類×2列とちょっと欲張った。じつは10年ほど前、ほぼ同じデザインで製作しているが、A4サイズきっちりにつくったためクリアファイル入り書類が収納できず、やや使いにくかった。

 側板はナラ材で組み上げ、鏡板はクリ板をはめ込み、引き出しを支える仕切り板を差し込むための溝を彫る。6ミリ厚の合板用と表面側は10ミリ溝にする。見栄えを考えてナラ材をはめ込むためだ。
 天板はナラ材をビスケットで張り合わせ、側板は2か所、中板1か所を同じくビスケットで接合する。
 底はナラの細角材で組み上げ、合板をはめ込む溝を彫り、見えない部分で側板とねじ止めした。

 仕切り板をはめ込み、表面側からナラの細材を組み入れ、すべてボンド止めとした。
 表板は一つひとつ、正確に削りだしてきっちりに納めたい。今回は表板をすこし沈ませて、仕切り桟を強調することにした。そのぶん側板や底板を短く計算する。

 なにしろ引き出し10枚だから材料が多い。ちなみに表板はナラ材、側板・奥板はヒノキ材、底板はシナ合板を使った。
 表板に側板を納める段を切りおとし、側板とともにシナ合板用の溝を彫る。まず底板を差し込んでから側板を組み込むが、側板はわずかに沈むよう薄く仕上げておく。引き出しの出し入れがスムーズになるからだが、むろんガタ付くようではやり過ぎだ。
 ボンドを併用し、頭が小さな化粧板用の細くぎを打ち込んだ。

 撮影用に表板にツマミを付けてみたが、色付けやオイルフィニッシュの作業を終了させてから取り付けるほうがよいだろう。
 今回は柿渋による色付けを試してみるが、次回掲載とする。

石垣補修工事

 いままで意識したことなんて一度もないが、良くて50年、大体は30年経ったらそろそろ考えたほうがよいらしい。ほとんど半永久的と思っていたコンクリートやモルタルの話で、その耐用年数の短さをいまさらのようにおどろいた。

 1960年の東京オリンピックの舞台となった国立競技場も建替えられているが、敷地にある石垣は、そのころ工事した、と元の地主さんから聞いている。南向きの斜面に土止めとして設け、ひな壇状の平地をつくるのに役立っていたのだが、むろん日射と風雨にさらされ放題だったわけだ。

 バックフォーのバケットがコツンと当たっただけだが、玉石を固定したモルタルは無残にもはがれてしまった。思いのほかに劣化していたようで、玉石は大きく浮き上がり、隙間に石を差し込んではみたが、このまま放置すると、どんどん崩れそうな気配がする。なにはともあれ固定処置が必要だろう。

 本来なら一度崩して再度積み上げるべきだろうと思う。たとえば崩した玉石の表面を洗ってやれば、モルタルがよく接着するはずだが、どこまで崩したらいいかわからない。
 第一、丸い石を上手に積み上げる自信はないわけで、このままの状態でモルタルを詰め込んで固定してしまうことにした。

 いろいろ考えたすえ、補強用に鉄線を入れることにした。壁用にモルタルを塗るときのようにラス網があれば、あるいは亀裂防止になるような気がしたのだが、保存したはずの半端なラス網がみつからない。仕方がないので鉄筋結束用の鉄線で代用することにし、適当に折り曲げながら隙間に押しこんだ。

 使ったのはインスタントコンクリート。ただ水で練ればいいだけだから、こうした補修工事にはもってこいの材料だろう。やや固めに練ったほうが扱いやすく、なるべく隙間の奥までとどくよう手で直接塗りこめてゆく。

 最後に濡れ雑巾で塗り面の凸凹をおさえ、同時に玉石の表面に着いた余分なモルタルを拭きとって仕上げておいた。1時間ほどの作業だったが、いずれはきちんとした擁壁工事になりそうな気配だった。

おまけのトピックス
 さわさわと冷たい風が吹きはじめたら、いきなり落ちてきた。雹(ひょう)だ。あわてて屋根の下に飛び込み、ダウンベストを着こんだけど、トマト苗のつぼみが折れてしまった。

酷暑対策・冷風除湿機

 二階にある書斎は、吹き抜けに面しているため薪ストーブの熱気が溜まりやすく、マイナス10℃の厳冬期でも暖房はいらない。そのぶん夏の暑さには弱く、換気扇フル活動、加えて北側の窓全開でもおいつかず、そこで涼しい一階の和室に避難することにしている。

 セルフビルドしたわが家にはOMソーラーを導入(むろん自己工事)してあり、夏季モードには冷風機能がある。夜間の冷たい空気を取り入れて、床下の蓄熱コンクリートを冷やしておく。つまり冬季に、日射で暖まった空気を床下に送りこむのと逆の方法で、床下を冷やしてしまうわけで、一階リビングのフローリング床などは、日中ひんやりと感じられるのだ。

 ただし避難した和室は畳敷だし、床下は地下室なのでOMによる効果はない。その代わり床に開口部をつくり、地下室の涼しい空気を取り入れるよう工夫した。
 話は前後するが、わが家はメーターモジュールでつくった。そのため畳敷の和室に一部分フローリング仕上げがあり、そこを切り抜いて換気扇を取り付けたもので、たとえ真夏でも27,8度の空気を取り入れられるのでかなり涼しい。

 しかし地下室の空気だけにやや湿気がある。そこで除湿機を使用したいのだが、所有機はかなり発熱するので室温を高めてしまうので使えない。発熱しない除湿機を導入するか、あるいは窓用エアコンの除湿機能を利用するほうが手っとり早いか……。

 いろいろ調べた結果、海外にはこんなエアコンがあるようだ。小型でスタイリッシュだが、国内では販売していない。そこで見つけたのが冷風機能付き除湿機
 機能的には小さなエアコンと考えればいいのだろうか。冷媒によって空気を冷やし、同時に水分を結露させて取りのぞき、そのとき発生した熱は、本体の背後に取り付ける排気ダクトによって窓などの室外に逃がしてしまう方式。

 室温27℃の場合、10℃低い冷風が吹き出すそうだが、そこまでの機能があるかどうか。基本的には除湿機と考えたほうがいいようで、24時間で10Lの除湿能力があり、溜まった水はタンクを外して捨てることになるが、ホースを連結して自動排水することもできる。

 例によってオークション入手。窓用エアコンと同程度の価格になってしまったが、定格消費電力は220Wと窓用エアコンの三分の一程度だから、電気料もさほど気にせずに使えるのがいい。

 当初、台に乗せて窓ぎわに置くつもりだったが、畳とフローリング床の境になるため不安定になってしまう。そこで窓枠に乗せる台をセットするよう計画変更した。
 窓にはめ込んだ木枠には、本体を乗せたとき排気ダクトが収まるような大きな穴をあけ、窓枠に張った隙間テープの一番下から排水ホースを通すようにした。
 目論み通りの機能を発揮してくれれば、たとえ暑い夏でも執筆に専念出来るだろう。書けるかどうかは別にして。

 言い忘れていたが、使わないときは写真のようにすべて取り外しておく。ついでに窓下の丸太と畳に挟まれたフローリング部に、地下室からの換気口が見えている。白いLANコードが出ているが、いずれきちんと処理するつもり……で10年そのままになっている。

キーボード交換

 先日オークションで購入した英字パソコン(Thinkpad X61)のキーボードを交換した。プリントした白抜き文字を貼り付けてしのごうと思ったものの、やはり使いづらいし、どうにも気分がわるい。たまたま低価格の日本語キーボードをみつけたので、ついついクリックしてしまったのだ。

 いまさらThinkPadを話題にするのはいささか気が引けるし、さほどパソコンにくわしいわけではない。ワープロ代わりに導入してから15年ほどか。たまたまレノボ製のThinkpadのキーボードの打ち易さが気に入ったのだが、後になってIBMから譲渡されたブランドと知り、なるほど、と思った。もともとIBMはタイプライターのメーカーだったのだ。

 つまりIBMブランドは、そのころすでに中国の聯想集団(レノボ)に譲渡されていたわけだが、Thinkpadの開発・設計は一貫して日本IBMの大和研究所(神奈川県大和市)で行われていたらしい。
 そうした事情も知らずに中古入手したThinkpad X61sの使い心地はわるくなかった。やや重いのはマグネシウム合金フレームによる堅牢さゆえだろう。キーボート中央の赤いトラックポイントは、Thinkpad独特な機能だが、慣れると癖になるほど使いやすい。

 そしてなにより特筆すべきは、整備マニュアルが公式に公開されていて、交換用パーツの販売にも応じているため、自己責任ながらユーザーによる分解・整備、あるいは修理が容易に行えることにあるだろう。なんでも自分でつくりたがる「自作人間」の私にとって、これほど魅力的なことはない。

 他メーカーにはない、こうした設計思想の発案が、IBM本社か日本IBMの大和研究所だったかはわからないが、いずれにしろネジを隠すようにラベルを貼ったり、プラスネジですむところをわざわざ☆型頭に変え、ユーザーの分解・修理をし難くするケチな考えがないのが好ましい。おそらくレノボに譲渡されるさいの条件に、こうした設計思想の継承も入っていたのだろうと想像する。

 ちなみにThinkpad X61の発売は2006年。そうした古い機種のパーツの入手は、普通かなり困難なものだが、レノボ・サポートでほとんどの部品が購入てきることになっている。またネット上でも販売されているし、オークションサイトを当たれば低価格の中古品を手に入れることも可能だ。
 ネット購入した日本語キーボードは新品ながら、通常より千円ほど安く売られていたが、オークション購入した本体とほぼ同価格なのだから、あまり安い買い物とは言えないか。

 しかし作業はじつに簡単。くわしくはここを参照してもらえばいいのだが、裏面の外すネジ四本のうち、バッテリー部にある一本がややわかりづらい。しかしこれも、交換作業にはバッテリーを取り外すようにとの配慮なのかもしれない。

 キーボードを外すには、全体を押さえながら上部にすこしずらし、隙間にプラスチック製のヘラなどを差し込む。クレジットカードでもいいだろう。むろんキーボードは配線されているから、慎重に取り扱ってソケットを外し、新しいキーボードに交換する。

 あとは逆の手順で組みなおせばいい。作業時間は30分ほどか。
 修理などと言えないほど短時間だったが、組み上げたあとタッチパッド付近にわずかな振動を感じる。まだ異音を発するほどではないけど、この下には第2ファンが収納されている。
 ファンエラーがでるようになったら交換が必要になるのだが、部品価格を調べたらキーボードの倍もする。
 あるいは修理地獄に迷い込んだかもしれない。

無垢板マーケット

「ここに積んだ150本だけど、なんなら注文流れにしてもかまわないよ」
 との言葉にも気づかず、ただ茫然と丸太の山をみつめていた。眼前に高々と積み上げられた杉丸太は、セルフビルドするログハウスのために注文したものだが、今だったら中止してもいいんだよ、と言われているのだ。

 そりゃそうだろう。2,3年前に近くに引っ越して、日曜大工用の材木を買いに来ていた都会者が、いきなりログハウスを建てると聞いてもにわかには信じられない。とりあえず注文された杉丸太150本は集めたけれど、あるいは後悔しているかもしれない。もしそうならこのまま製材にまわしたほうがいい、と思われたのだろう。田村材木店・先代社長の思いやりだ。

 そのときどう返答したかは、なにしろ25年も前のことだから覚えていないが、その丸太で組み上げた家に住んでいるのだから、むろん注文流れにはしなかったわけだ。以来4半世紀、懇意にお付き合い願った田村材木店で、つい先ごろ無垢板マーケットが開かれた。

 ちなみに先代社長はすでに第一線を退き、ふたりのご子息が経営を切り盛りしている。兄弟仲よく車の両輪のように……というよりエンジンとブレーキのような役割だろうか、といつも興味深く拝見しているのだが……。

 この手のイベントは、往々にして理想主義的なエンジン役(兄弟のどちらとは、予想がつくけど言わないでおく……)の発案するものだろう。そして現実主義のブレーキ役は、はじめは首を傾げたりしたくせに、当日になるとやたら張りって動き回る、と相場は決まっている。

 そうした光景を眼のすみで確かめながら、広々とした天然乾燥施設にならべられた展示板を見てまわった。じつは三寸角ほどの一般建築材をトラスに組み上げたこの巨大施設こそが、若い経営者たちの理念と意気込みのあらわれなのだが、それはまた別の話。

 2尺3尺といった幅広板が整然とならべられている。背後に黒シートを貼ったのは、木目を見やすいようにとの配慮だろうか。これだけ展示に手をかけて一日だけの開催ではもったいないな、と思っていると顔見知りのログビルダー氏が、何枚もの展示品を購入している現場を目撃する。ログハウス向きの玄関ドアをデザインする彼にとっては、構想を刺激する無垢板ばかりだったのだろう。あいさつもそこそこに、それじゃまた、といそがしそうに展示品のほうに行ってしまった。

 じっさい南会津の製材所との協賛だけに、種類は多いし、品質は申し分ない。加えて価格もかなり低い。いや、低すぎるほどだ。見ればみるほど欲しくなるが、しかし、そうはいかない事情がある。
「もう買っちゃだめよ。いまある板をちゃんと使いきってからにしてね」
 と奥さんに厳重に言われて出かけて来ている。どれほど安くても購入するわけにはいかないのだ。

 まったく、敷地のあちこちに積み上げてある材料は、いつの間にか溜まってしまったものだが、どこになにがあるか自分でもわからない始末だし、いちおうは雨除けをしてあるが、一度しっかり点検せねば腐らせてしまう、と考えたりするけど、
「せいぜい木工仕事に精を出さなくちゃな……。小説なんて書いてられないや」
 と、いつもの結論に達しながらこの一文を書いている。

酷暑対策・窓用エアコン

 やはり異常気象だったのか。気象庁の発表によれば、先月の平均気温が3℃も高かったらしい。もちろん史上最高だったのだが、こんな数字を見せられると、この夏の猛暑が思いやられる反面、どうやら予感が当たりそうだ、とうなずいたりしている。

 2月中旬の大雪のころ酷暑対策をスタートさせた。去年、試しに窓用エアコンを入手しての実験を踏まえて決めている。むろんオークション購入の中古品だが、案外の冷房性能を発揮し、はじめ考えていた室外機付きエアコン導入が大幅な予算オーバーだったので、ならぱと窓用エアコンに変更したのだ。

 それにしてもエアコンか、といまさらのように思う。移住したころの日光は一流ホテルでさえ冷房なしが普通だったし、天然氷を切り出すような土地柄だけに、夏の涼しさは格別。夜、窓を開けたまま寝入って風邪をひきかけたことが何度もあるくらいで、むろんセルフビルド計画にエアコン導入など考えもしなかった。

 そうしたわけでエアコン導入には専用コンセントの追加工事が必要なのがわかった。どの程度の工事費か調べてもいないが、窓用エアコンならまったく無用だし、取り付け工事も自分で行える。さらには格段に低価格なのがいい。むろんオークションでの中古機入手になるわけで、その結果次第では複数導入を考えてもよいだろう。

 かくて大雪をながめながらエアコン探しのオークション調べとなった。こんな時期外れなら応札がすくないだろう、との目論見だったわけだが、それが奏功したにちがいない。送料とほぼ同価格という低さで落札。17年製と15年製の2台入手したが、カバーを外して点検したところ機能に問題はなさそう。当初計画の三分の一ほどの費用ですんでしまった。

 ただしわが家は、米国製のペアガラスの木製サッシ。エアコンメーカーが推奨するアルミ製取付枠は、ほとんどがアルミサッシ対応だから使用できない。そこで丈夫なナラ材を使って組みあげることにしたが、すべてビス止めにしたのでさほどむずかしい加工はない。木取りをふくめて2日の木工作業だった。

 しかし25㎏もの重さがあり、木枠をサッシにはめ込むだけては荷重を支えきれない恐れがある。丈夫な棚受けをつくり、窓を支える窓台にビス止めすることにした。
 こんな仕上がりだが、アルミ製の無粋さとくらべるまでもない。しかし、まあ、それもこれも計画どおりの性能を発揮してくれての話になるだろう。

 とりあえず奥さんの部屋とベッドルームに取付け、そのあと客間にも導入したが、吹き抜けにある書斎はとうてい無理だろうし、取り付けられる横開きの窓もない。もともと夏の仕事は、いくらか涼しい一階の和室でしているのだが、ここでは別方式での冷房を計画している。

ラニーニャ現象とジャガイモ

 ひさしぶりに日光らしい厳しい冬だったなと思っていたら、一転して暖かい日がつづいてあちらこちらの桜の開花がやたら早まっているようだ。低温にさらされたおかげで花芽の休眠打破がすすんだということのようだが、こうした振り幅の大きな気象はラニーニャ現象によるものらしい。

 ラニーニャとはスペイン語で女の子のことをいい、男の子の意味するエルニーニョは、ペルー沖の海水温が高くなる現象の名前としてよく知られている。ときにイワシの豊漁をもたらしたりするため、幼い神の子という意味もあるエルニーニョと呼ばれるようになった。

 このエルニーニョ現象には、遠く離れた西太平洋の海水温を低める働きもあるわけで、海水温が低いと周辺気圧が弱まる傾向がある。結果、日本列島の気温変動に影響し、ときに冷夏となって農作物に被害をあたえ、同時に暖かい冬をもたらすようになる。

 一方、ペルー沖の低温と西太平洋の高温をもたらすラニーニャ現象は、ほぼ逆の気象現象が現われるようになる。つまり日本列島は、厳冬・猛暑といった振幅の激しい気象となる確率が高いらしい。

 昨今の異常気象は、あるいはラニーニャ現象によるのかもしれない、ちなみにエルニーニョ現象の多くが1年程度で終息するのにくらべ、ラニーニャ現象は3年、4年と長くつづく傾向がある。
 確かに男というのはごくごく単純なもので、たとえ怒ったところで一晩寝たらけろりと忘れちゃったりするものだが、くらべて女がいったん怒りだすとそうはいかない、という話になるとあまりに横道に逸れすぎるか。

 そうしたわけで今年は暑くなりそうな予感がある。そこでいろいろ対策を進行しつつあるのだが、それは別の話としてお知らせしよう。とりあえず農作業を例年より早めにスタートさせ、毎年遅れてしまうジャガイモを植え付けた。

 作業そのものは変わらない。まずは種イモは陽ざしにあてて芽出しする。連作にならないような場所をえらんで耕し、元肥をほどこして張った黒マルチは、トーチ型ライターで穴を空ける。植え付けてから黒マルチを張る方法もあるが、強い日射しに出かかった芽が焼けてしまったことがあるのだ。

 芽出しをすませた種イモは、元気そうな芽だけを残して掻き落としておけば、あとで摘芽する手間がすこしは省けるかもしれない。あとは30センチ間隔で植え付ければ完了だが、あるいは例年のように猿どもに喰われてしまうかもしれない。
 芽が出てしまった食べのこしイモを、見つけやすい場所に囮(おとり)栽培してみようかとも考えている。

 追加……。昨秋に植えたそら豆が無事に冬越しした。霜よけを外し、倒伏防ぎを兼ねてキラキラテープを張ってみた。ネット情報によればアブラムシ除けになるらしい。

丸鋸ブレーキ修理

 ようやく暖かくなってきたので木工作業をはじめたところ、どうしたことかスライド丸鋸のブレーキが利かなくなっていた。20数年前の母屋建築のために購入というから、ひどく古い機種だからそろそろ寿命でもおかしくないが、なにはともあれ修理してみないことには気が収まらない。

 冬ごもり前には異常がなかったはずで、まずはカーボンブラシ不良を疑った。二か所のカーボンを外して点検するが、長さも十分だし、片減りや変形も見られない。となればスイッチの故障の可能性が高いわけだが、あるいは接点が焼けたための接触不良か。かれこれ十年前、スイッチを分解して接点研磨で直したことがある。

 モーターは電力で回転するものだが、別の力で回してやれば電力を起こす。つまり発電機になるわけだが、このシステムを応用して丸鋸のブレーキが考えられている。
 スイッチをOFFにすると、逆接点を通じて別コイルが作動し、惰性で回転している駆動モーターをすみやかに停止させる仕組みになっている。

 まずは駆動モーター部を取り外す。3本の長ビスを外して横に引き抜き、スイッチを収めたハンドル部はタッピングビス3本で止められている。3本のコードが接続されたスイッチを裏返し、細いマイナスドライバーでこじ開けると接点部が外せる。
 シーソー状になった接点部は、スイッチ動作に応じて反対側に導通するわけで、円形の接点部をよく磨いて組み立て直せばいい。

 これで直るはずだったが、症状は変わらなかった。あるいは接点復活剤を塗ればよかったのかもしれないが、スイッチを交換したほうが確実だろう。スイッチ写真をプリントアウトして販売店に取り寄せを依頼した。

 翌日に届いた部品は品番が違っていたようだが、形状その他は問題はなく、部品価格は1000円。3色のコードの位置を違わないよう差し込み、付属のイモネジでしっかり止めればよい。むろんブレーキも無事に復活。

 ついでに鋸刃も交換して修理終了。