一年ぶりの4色旗

 すでに懐かしい4色旗を一年ぶりに起動させた。本当は窓なのだろうけど、どうみても旗にしか見えないシンボルマークのwindows7のことだ。

 無償アップグレードによるwindows10への切替えは、2015年の夏だったか。秋になってアップグレードをすませて年を越し、ようやく慣れたころの確定申告の時期、ハタと困って頭をかかえた。使っていた会計ソフトが動かないのだ。

 windows10に未対応だったのである。しかも所有ソフトが数年前のものとあってか、メーカーではバージョンアップの予定がないらしい。つまりは「新しいソフトを買え」というのであろうが、「はい、そうですか」とうなずくつもりはまるでない。

 要するにwindows7に戻せばよいのだが、アップグレード時に保存されたはずのwindows.oldのファイルは、一か月で自動的に削除されている。
「再インストールするしかないか」
 となればリカバリーディスクが必要だが、どこをどう探してもみつからない。結果、windows7か、会計ソフトを購入するしか方法がないことになった。

「やれやれ、冗談じゃないな」
 とあきらめきれずに押入れを探しまくっていると、数年前、サブ機をSSD化したさいの古いHDDが見つかった。
 これにはwindows7が入っている。さいわい動作したので、さっそく使い古しのSSDにクローンを作成し、ぶじ会計ソフトを起動させたのだった。

 都合がよいことにサブ機のThinkPad-X61sは、ディスクドライブの交換がひどく簡単だ。ネジ1本を外したドライブベイに、マウンターにセットしたSSDを差し込むだけ。OSが入ったディスクドライブを二つ用意すれば、それこそ「カセットポン」の感覚でOSの切り替えができるわけで、当然ながらライセンス認証もまったく問題はない。


 もちろんデュアルブートという方法もあるわけだが、パーティーションの分割などむずかしい設定が必要だし、起動するたびにOSを指定するのも面倒な気がする。なによりディスクが二つにあれば、故障リスクが分散されるメリットがある。
 税制が変わらないかぎり、2020年のサポート終了までこの方法でいこうかと思っている。

冬を数える

 かつてインディアンと呼ばれたネイティブ・アメリカンに、年齢を聞かれると「冬を何度越したか」を答える人たちがいるらしい。日本の「数え年」と同じようなものか、とおもしろく思ったことがある。

 歴史や時代を舞台にした小説を書いているだけに「数え年」には馴染みがあるし、太陰暦を採用する国や人びとが「数え年」を使うと理解している。調べればすぐわかることだが、おそらくネイティブ・アメリカンの人たちも月の満ち欠けを暦としているのだろう。

 数字的にはいろいろ不都合がある「数え年」だが、生物にとって最大の難関であろう冬を年齢の単位として考えるのは、とても適切のように思える。
 じっさい週休、月給といったサイクルと離れて田舎暮しを経験すると、冬越しの重要さをことあるごとに感じ、生活のすべてが冬にむかって動いていると実感する。

 とくに今年は、はじめて「ソラマメ」を冬越しさせている。畑に直播した苗には、不織布をトンネル状にかけて霜除けとした。風で飛ばされそうになり、雪で潰れたりもして、何度も固定しなおした。いまのところ苗に異常はないようだが、すこし育ちすぎた感じがないではなく、はたして良いのかどうかはわからない。

 鉢植えの苗は、屋根があるデッキに置いてあり、霜に直接当たることはない。切りワラで保温してあるが、さすがマイナス10℃近い寒さには凍えるらしく、朝のうちはしおれたふうだが、陽に照らされるとピンシャンと立ち上がってくる。
「いやいや健気なものだ」と感心する。

 一部、枯れた苗もあるが、ワラをかき分けてみると、根元には新しい脇芽が出ている。たぶん大丈夫だろうし、ひょっとすると、こうして苦難に耐えた苗ほど実りがいい、ということがあり得るのかもしれない。

砂肝のコンフィ

 このところキッチンに立っていることが多い。もっと具体的に言ってしまえば、デスクにむかっていても少しも書けないので、いつの間にか晩酌の肴なんかをつくったりしているのだ。
 締め切りがあるなしにかかわらず、書こうと思って書けないのはひどく苦しいもので、才能があればあるほど落ち込む度合いが強い。しかし、台所に逃げ込むぐらいですむのだから、才能も落ち込み程度も知れたものと言える。

 そこでおつまみによく利用する砂肝なんぞを調理している。塩焼きにしたり、佃煮風に煮たりして、あのコリコリした歯ごたえを楽しむのだが、ときどき行く宇都宮のレストランで出された砂肝のコンフィは、しっとりと軟らかく、それでいて歯切れのよさを残しているのが気に入った。

 コンフィは、オリーブオイルに浸した食材を、揚げ物にするより低温でゆっくり加熱する調理法だ。ゆっくりとか、長時間とあれば薪ストーブだろう、とさっそく試してみた。が、うまくいかなかった。
 ひとつには低温にするのがむずかしく、結果、煮えすぎて硬くなってしまう。さらには砂肝を浸すほどの大量のオリーブオイルが必要になり、かつ調味料や砂肝の味が移って再利用がむずかしいのが気に入らない、とねっケチ(根っからのケチ)精神がつぶやくのだ。

 そうか、と保温調理器の利用を思いついた。20年ほど前の頂き物で、牛肉のたたきづくりに重宝しているが、下記のような方法で調理した。

①砂肝を二つに切り離し、塩コショウ、ニンニクで下味をつけ、ローズマリーの小枝とともに冷蔵庫で一晩保存する。
②水気を拭き取り、ビニール袋に入れ、適量のオリーブオイル(湯に押されるので少量でよい)を加える。
③保温調理器の湯を80℃に設定し、ビニールに湯が入らないようセット。2時間ほど加熱すると出来上がり。

 ほんのりとしたピンク色に仕上がった。食感もほどほどに軟らかだったが、温度と時間をいろいろ試してみたい。また周囲の硬い筋をていねいに切り取った方がよかったかもしれない

大根を煮る

 気がつくと日射が多くなり、午前8時半ごろには朝日が当たるようになった。年初より30分は早くなって気分的には春めいてきたが、いまが寒さの底であろうか。連日、最低気温マイナス6,7℃の寒さがつづいている。

 この冷え込みを待っていたご近所の天然氷屋さんでは、14,5㎝の厚さに凍らせた氷を切り取り、氷室に運ぶ作業がはじまっている。例年より10日以上遅いようだし、2回目の取り入れが出来るかどうか危ぶんでいるらしい。

 そう言えば、例年のようなマイナス10℃を下まわる寒い日はまだない。移住したてのころには、マイナス15℃を記録したこともあるから、やはり温暖化が進行しているのだろうが、こんな年にかぎってドカ雪が来るから油断はできない。

 この寒さに大活躍している薪ストーブで大根を煮た。いいただき物の大根を無駄にしないためで、いろいろ試してみた。たとえば一度冷凍させたほうが早く味がしみやすい、とのネット情報に乗ってみたが、たしかに早く煮えるようだが、柔らかさにむらがあり、味が変わるような気がした。

 結局は、薪ストーブでコトコト煮るのが一番、という結論になった。どうせ一日中燃やしているのだから、調理時間無制限でいいというわけだ。

 大きめの寸胴鍋に、昆布を10㎝ほど入れ、大根一本を輪切りにして火にかけておく。皮はむくが、面取りなどはしない。米か糠を入れて下茹でするほうがよいらしいが、最近の青首大根ではそれほどのえぐ味は感じない。

 薄味をつけてふろふき風にしたものに、肉味噌を添えたり、和辛子で食したり。下処理した牛すじ肉で出汁をとり、豆腐と一緒に煮込むのものもわるくなかったが、やや味が濃いめ過ぎたか。

 といったふうにいろいろ試したけれど、牛すじ肉の出汁に、関西風のおでん味にしたものを和辛子で食すのが一番だった。たくさん食べるにはシンプルな味付けがいい、ということかもしれない。