満天星とピラミッド

 菜園の隅に植わっているドウダンツツジ(灯台躑躅)を移植した。下向きに咲く白い小さな花を満天の星にたとえられたりするが、土地を購入する以前から植わっていて樹齢40年は超えていると思われる。それだけに巨大なほどに成長して菜園に大きな陰をつくるので、ひと思いに移植した。

 ツツジは元の地主家の墓に隣接して植わっている。いわゆる屋敷墓と呼ばれ、墓葬法が制定される以前からある墓地だけに認められる古い形式なのだが、関西にはなく、関東でも少ないらしく、しかも神道式の墓というのがめずらしい。

 神道式の墓石は、頭頂部を四角錐につくり、「……家之奧津城)」と刻まれている。それを「おくつき」と読むとは、この集落に移住してはじめて知ったわけだが、何度か体験した葬送行事は、日光東照宮の神官がすべてを執行していた。この地方が東照宮領だった名残りなのだろうか。

 ひどく唐突だが「日ユ同祖論」という説がある。明治のころ貿易商(あるいは宣教師)として来日したニコラス・マクラウドが日本と古代ユダヤとの相似性に気づいて体系化したものだが、水や塩で身を清める禊(みそぎ)をする日本神道の習慣は、ユダヤ社会にもあったと言い、古代ヘブライ神殿と日本の神社の構造が似ていたり、ユダヤの聖櫃(アーク)は、日本の神輿(みこし)にそっくりだったりと、その相似点はおどろくほど多い。

 そうした目で見てみると、天叢雲剣(あまのむらくものつるぎ)を意味するとされる神道式墓石の頭頂部が、古代ユダヤ王の墓と目されるピラミッドに見えてきたりする。むろんここでくわしく書き触れるわけにはいかないけど、一度きっちり調べてみるのもわるくないな、と思ったりした。

 ともあれツツジを移すなら、葉が枯れ落ちた季節がよいらしい。根張りが浅く、丈夫なので移植してもめったに枯れない、との情報に気をよくして強行とあいなった。つかみ装置付のバックフォーだから、こうした作業はお手のもので、周囲を1メートルほどの深さに掘り起こし、根っこに土を付けたまま移動させる。

 根に付いた土塊は直径1.5メートルほどにもなる。はたしてどのくらいの重さになるだろうか。つかんで持ちあげたまま横にまわすと、その重さで反対側のキャタピラーが浮き上がってしまう。無理すれば横転ということもあるので、爪を使って土をかき落として移動させるなど、慎重に作業をすすめて終わらせた。

裏切りの燻製

 作ってはみたものの、ブログでの報告にすこしばかり躊躇していた。その出来映えはともかく、味がそれほどでもなかったのが原因だったが、そろそろ正月用の燻製の時期か、と考えたついでに掲載することにした。

 ストック切れのベーコンを作ったさい、変わり燻製でも、と用意した材料は、かまぼこ、ゆで卵、それに市販のボロニア・ソーセージ。このところ怠けまくっているソーセージ作りを、出来合い品のスモークでごまかそうと目論んだのだ。

 ボロニア・ソーセージは、イタリアが発祥の牛の腸を利用した太めのソーセージ。羊の腸ならウインナー、豚の腸だとフランクフルトと呼ばれたりしているが、いずれも塩・香辛料を混ぜ合わせた豚の挽き肉を詰め込んで作られている。

 ちなみにソーセージは、ノコギリを意味するソー(saw)で細かく切り刻んだ肉と香辛料のセージ(sage)を語源とする、とどこかで聞いた記憶があるが、これはどうも、ひどい間違いだったようだ。チェンソーなどが耳に馴染んでいたため、ついつい納得してしまったのだろうか。あちらこちらで吹聴した覚えもあるので、まったくもって冷や汗ものだ。

 正しく英語ではsausageと表記されるわけで、いくつか語源説があるうち、ラテン語の塩漬けを意味するsalsusとセージsageの合成語、というのが有力らしい。

 ゆで卵は、あらかじめ醤油などの調味料に漬け込み、かまぼこは板から外し、ソーセージもケーシングを取り除いておく。いずれも冷蔵庫から早めに出して常温にもどしておかないと、スモーク時の温度上昇にともない水滴が浮き出して煙がきれいにつかない。

 ベーコンを吊した上の網にならべてスモークする。あくまでベーコン作りの副産物だから、65℃まで徐々に温度をあげて6時間、といういつもの温燻パターンは変わらない。わが家では、そのまま食するフレッシュベーコンのほか、保存性をより高めるため70℃60分でボイルするときもある。

 副産物たちの出来映えはこんなものか。ゆで卵やかまぼこは、それなりの味に仕上がり、まあまあ満足したが、ソーセージとなるとそうはいかない。
 出来合いソーセージだけにさして期待はしていなかった味に、やはり手抜き燻製だったな、という後ろめたい”裏切りの味”をまぶしたような感じ、とだけ表現しておこう。

PCトラブル顛末

 数日前の寒い朝、いつものように起動させたパソコンにトラブル発生。禍々しい黒い画面に何やら英文メッセージが表示されていた。
「ディスクの読取りエラーが発生した。Ctrl+Alt+Delを押して再スタートさせよ」

 指示通りにすると難なく起動する。一日中使用しても問題はなく、何のメッセージも表示されなかった。
 ところが翌朝から毎日、同じように表示されるようになった。しかし、いったん起動すれば異常はなく、スリープやシャットダウンをくり返してもスムーズに起動する。どうやら朝一番の起動時だけの現象らしい、と見きわめをつけたころ一度ではだめになり、二度三度とCtrl+Alt+Del押しを試さないと再スタートしなくなった。

 とりあえずネット情報に当たってみる。まず周辺器機の接続が原因になっていないかを確認したあと、BIOSのBoot設定が変更されていないか調べた。
 6年前に自作したPCのマザーボードはGIGABYTE製。電源ボタンを押したあとDeleteを連打してBIOSに入る。3D-BIOS画面をチェックするが、Boot順序№1はちゃんとHDD(使用しているのはSSDだが)のマークになっていた。

 もしやと考え、BIOSのUpdaingを行なった。電源ボタンを30秒ほど長押しすると、自動的にUpdaingがはじまり、およそ5分ほどで終了する。この日のチェックはここまでだったが、しかし翌朝の起動時には、まったく修正されていない。

 ふたたびネット情報探しだ。内部電池は交換したばかりなので原因から除外し、パーティション内のブートマネージャの読み込めないためのエラーかも知れないと考えた。その不具合を修正する「chkdsk」を行なおうとしたが、どうしたことかwin10用のシステム修復ディスクが見当たらない。確かに作成した記憶があるが、ひょっとするとそれはwin7のときだったかもしれなかった。

 ならばいっそ、とPCを初期状態にもどすことにした。アプリを入れ直さねばならないけど、一番確実な方法だろうと思ったのだ。
 スタートメニューの設定…→更新とセキュリティ…→回復…→このPCを初期状態に戻す…→個人ファイルを保持するを選択し、インストールは約30分ほどで終了する。しかし翌朝には、変わらずCtrl+Alt+Delを押す羽目になった。

 となればSSD本体の故障しか考えられない。予備のSSDにクリーンインストールするかとも考えたが、前々から欲しかったクローン作成機を急ぎ購入し、win10導入時の小容量SSDからのクローンを作ることにした。さすが専用機だけにクローン作業も早かったが、結果は変わらない。いや、変わらないどころではない。Ctrl+Alt+Delを何度も試さないと起動しないようになり、エラー症状はいよいよ重篤の気配になってしまった。

 やれ、困ったぞ……とWin10が入った二つのSSDを取り替えつつ、あれこれ試すことになる。どこをどうしたかわからなくなったころ、まったく症状が出ていないことに気がついた。
 あれ! と思ってSSD②に換える。症状が出る。そこでSSD①にもどす。またも症状が出る。再度SSD②に換えてみる。すると無症状。おいおい……どうしたことだ。

 そこに至ってやっと気がついた。SSDを交換するさい予備のSATAケーブルを使っていたのだ。そこでテストすると、すぐさま判明。つまり原因は、それまで使用していたオレンジ色のSATAケーブルだったわけで、ケーブル交換後はごくごく快調に起動している。

 断線か接触不良かわからないが、あるいは気温低下とともに金属部の収縮でもあったのかもしれない。いずれにしろ人騒がせなトラブルだった、と思いつつネット情報をたどってみると「SATAケーブルの接点不良」を原因の一つにあげているサイトがちゃんとあるのを発見……。
 どっと疲れがよみがえってくるのだった。

小説家の6次産業化

「なんと、25年前か」
 としみじみと思ってしまう。もうそんなになるのか、という驚きのあとに、ちょっと古すぎるんじゃないか、という心配もなくはなかったわけで、古い掲載雑誌の切り抜きを手に、すこし考えこんでしまった。

 いつもそうなのだが小説は、ふと思いついて書きはじめる。テーマやモチーフなどを小難しく考えたことはあまりなく、ストーリーやキャラクターなどを区別なく思いつくのがきっかけだ。ときにはある場面が映像的に思い浮かぶことがあるが、それがラストシーンだったりするのは、なかなかに好都合でもある。
 そのラストシーンに必要な要素を数えあげ、その要素が実現してゆく過程をどんどんさかのぼってゆくと、ごく自然にストーリーが構成される……と書いてしまうほど簡単ではないけど、いわゆる幕切れが決まった長編小説のいくつかは、そんなふうにして書きはじめることが多い。

 反対に何も決めずに書き出すのがキャラクター小説だろうか。ひょんな拍子で思いついた主人公をある設定に放り込むことでストーリーが動き出すのだが、ラストが決まっていないだけに思わぬ展開になりやすい。書いている本人が驚く、というのも変な話だが、じっさいそんな気分で書きつづけてしまう。
 たとえば『峠越え』から始まった与一郎シリーズは、第6作『ご返上』まで書きつなぎ、400字詰め原稿用紙3500枚以上を費やしているが、まだ幕切れを迎えたわけではない。さいわいKDPの「読み放題」では好評のようだから、いずれ第7作を書いてみるか、という気持もないではない。

 冒頭に話題にした作品もそうしたキャラクター小説で、切り抜きにあるメモ書きを見ると1992年の3月号とあり、長編小説賞をいただいて本格デビューした翌年ぐらいの短編依頼だから、まだログハウス建築に手を出していない、けっこう真面目に小説を書いていたころの話だ。

 沖とり魚の血を抜くように、あっさり人を殺める”野締めの市蔵”という『凄い男』がいる。島帰りの殺し屋として裏の世界で恐れられたが、いまは引退して堅気の料理人だったはずだ。しかし、そうもいかない理由があるのだ。そんなキャラクターと捨て子した赤ん坊が大店の一人娘として立派に成長、といった設定の組み合わせがいたく気に入ったせいか、ときおり思い出しては短編に仕上げて単行本に掲載したりした。そうした4作品に書き下ろしを加えて連作集としてみようかと考えたのだ。

 しかし25年も前の作品である。時代小説だから内容的には問題がないとしても、原稿となるとそうはいかない。残っているのは雑誌切り抜きとプリントや、いまや骨董的というべきワープロ・データーだから、原稿そのものを書き起こすことになり、同時に加筆手直しを行なうとなると、構想25年などと陳腐に気取っている場合ではないのだ。

 かくて新電子本『凄い男』をスタートさせたが、既存の4作品の加筆&書き起こしに2ヶ月、加える書き下ろしに1ヶ月ほどを要し、さらに表紙づくりと作業がつづいた。

 表紙づくりは以前に紹介してあるが、そのとき撮ったお面の写真を、例によってフリーの写真編集ソフト「JTrim」で加工する。この作業はなかなか楽しいもので、あれやこれやとテストをくり返し、ついつい時間を費やしたりもする。

 さらに行なう校正や電子データー作成は、一転して辛気くさい作業だ。このあたりがセルフパブリッシングをすべて一人でこなす場合の面倒なところで、ただ小説を書けばよかったころとは大いにちがう。
 ちなみに農家が生産した野菜や果物を加工し、販売まで手がけるのを「農家の6次産業化」と呼んだりするが、電子書籍のセルフパブリッシングもこれに似たようなものだろうか。

 なるほど「小説家の6次産業化」とはちょっと面白い。いずれどこかでくわしく書き触れることになりそうだ。

丸太のテスト挽き

 本格的な冬が来るまえに、バンドソーのテスト挽きをした。かれこれ二年前、わが家の前の川岸から台風による倒木を引き上げ、薪原木としたことがある。そのうち樹種不明ながら直径40センチ近い玉切りを保管してあるで、これを板に挽いてみた。

 バンドソーCB65Fの最大挽き割りは250㎜しかない。すこし余裕をみて240㎜の高さになるようチエンソーで切断する。
 年輪を数えると50年生ほどのようで、表皮からすると樺系のように思われる。保管中に雨に濡れたこともあるが、切断面にさほどの水染みはなく、木目も案外おとなしい。

 バンドソーに装着したのは、岩崎目立加工所製の幅50ミリの高周波焼入振分刃(焼き入れして左右に振り分けたアサリ刃という意味だろうか)。@2,446円とあんがい格安だが、どれほどの切れ味か興味がある。

 作業テーブルに潤滑スプレーを吹きつけ、丸太を乗せる。これがやたらと重く、作業台が高すぎたのを後悔する。一度には乗せきれず、途中に置いた台まで持ち上げ、気を入れ直してテーブルに設置する。あやうくギックリ腰になるところだった。

 目一杯高くしたセリシャフトぎりぎりなので、怖々とした切断になった。時間を計ったわけではないが、240ミリの挽き割りとして十分満足する。
 柔らかい杉をチェンソー製材するよりずっと楽だし、なによりソーダストの量が格段に少ないのがうれしい。
 半割にしたあと20ミリ厚の板にしてみたが、これもスムーズな切断だった。

 板材をプレーナーにかけてみた。切削の加工性はよく、仕上がりもわるくない。目が詰まり、ややおとなしい木目だが、濡れ肌にしても趣のある色合いになった。オイル仕上げにむいた板材になるだろう。

 それにしても樹種はなんだろう。玉切りしたときの表皮からは樺系と見当をつけてあるが、プレーナー仕上げの肌目は桜に似ている。あるいは水目桜(ミズメサクラ・別名ヨクソミネバリ)ではないか、と思っているがどうだろうか。

献残ポテト

 江戸の町に「献残屋」という職業があった。献上品の残りを仕入れて転売する、読んで字のごとくの商売だが、江戸にあって大坂にはない、と書いた資料があったはずだが、書名はわすれた。

 献上品と言いながら、そのじつ幕府の役職や大名家への付届け品であろう。ときには小判を忍ばせた賄賂の残りだった可能性もあるわけで、昆布や鰹節などの日持ちのする乾物などが多かったらしい。

 献上も付届けも(フリーランスが長かったから、その機会も必要も少なかったけど)田舎に移住してからはまったく意識したことがない。そんな必要もないと思っていたが、すこし考えが変わった。

 近隣の農家が猿やいのししなどの獣害に困っているのは知っていたが、菜園をするようになると直接な被害として感じる。なるべく獣害の出ないような作物を作るようにしているが、そうもいかなくて今年もジャガイモ畑を荒らされ、悔し紛れの「猿来襲」をブログで報告した。

 惨状のわりにまあまあの収穫……に気を取り直したわけだが、考えてみればかれらは土地の先住者なのだ。全滅となると困るけれど、多少の献上は仕方がないのかもしれない。
 ワインを樽で貯蔵するさいの蒸発分を「天使の取り分」と言ったりするが、先住者にいささかの敬意を表するなら「野生の取り分」があってもいいような気分になっているのだ。

 そうした事情の「献残ポテト」、けっこう楽しく食した。以下はその報告。

①ご存知ポテトサラダ。メークインだったのでクリーミーな味。
②ハッシュドポテト。細切りにして片栗粉大さじ1を混ぜ、電子レンジにかけてからオリーブオイルで焼いた。
③照り焼き風ポテト。サイコロに切って揚げ焼きし、酒、みりん、しょうゆで味をつける。マヨネーズを加えると一気にジャンク風味。
④ハッセルバックポテト。切り離さないように切れ目を入れ、バター・チーズをはさんでオーブンで40分焼いた。スタイリッシュだが味はいまひとつ。
⑤定番の肉じゃが。
⑥何度もつくる鶏肉ポトフ

 一番の好みはジャーマンポテト。
 薄切りポテトは電子レンジでやわらかくし、自家製ニンニク・自家製ベーコンとお隣に頂戴した玉ねぎのみじん切りをよく炒め、投入したポテトに焦げ目がつくほど焼きあげ、仕上げにデッキ産のパセリを散らした。

 その味よりなにより、買ったものが一つもないのが気に入っているのだ。

冬支度の農作業

 季節外れの台風が足早に通り過ぎ、吹き返しがそのまま木枯らし1号になった。初霜は例年ならいますこし先のはずだが、翌朝3℃の予報にあわてて里芋の収穫をすませてしまった。

 昨年は収穫した半分ほどを畑に埋めてみたが、それほど好結果は得られなかった。すこし浅すぎたため雨水が入ったか湿気による腐りがかなり発生し、年を越して種芋に出来たのは、乾燥しやすい地下室保存とほとんど変わりがなかった。

 ちなみに里芋は猿の被害を受けない。かゆみをともなうヌルミ成分を嫌うとされているが、イノシシは無関係らしい。500メートルほど離れた隣集落では、畑に埋めた種芋をごっそり掘り返されたと聞く。そこで今年はすべて地下室保存とした。

 腕ほどもある茎を切り落としたあと、芋を傷つけぬよう掘り起こし、その株に泥をなすりつけ、泥団子状態にしてから土嚢袋に収納する。作業場になっている地下室の一番奥に積み上げたが、乾燥防止と保温のためプチプチで覆ってみるか、と思っているけど、かえって腐りの原因になりそうな気もしている。

 ニンニクの植え付けは、ひと月ほど前にすませてある。今年は畝にヤギ糞堆肥を入れ、さらに稲わらを燃やした。言ってみれば焼き畑もどきだが、効果があるかどうかはわからない。
 芽吹きは順調で、今月の末あたりに追肥を行なう予定だ。

 昨年、はじめて挑戦したソラマメは、生食用がすこぶる気に入った。10月中旬に種まきしたが、発芽からの生長が順調すぎる。台風がつづけて発生するなど高温がつづいたためだろうけど、あまり生長すると冬越しに失敗するとのネット情報もあり、いささか心配している。

 今年のニューカマーは芽キャベツ。種まきは間に合わなかったので苗を購入したが、すこし生長が遅れているようだ。11月には茎の太さ3センチほどになるらしいが、まだ1センチほどにしかなっていない。肥料食いのようだから追肥をしてみたが、はたして間に合うかどうか。

 来春1月ごろが収穫目標。里芋のホワイトシチューに芽キャベツの彩り……がはたして実現するかは、これまた結果をみてのお楽しみだ。

いまさらのバンドソー③

 中古入手したバンドソーCB65Fには、ご多分にもれず取扱説明書が付いておらず、そのためいろいろ探し回ることになった。
 それにしても取扱説明書はおよそ冷遇されている。ろくに読まれず、そのまま捨てられたり忘れられたりするのは、かつて広告物制作にたずさわり、取説やマニュアルづくりの経験があるだけに悲しい。

 世間では「マニュアル人間になるな」などと言ったりする。マニュアルに書かれた決まったことしか出来ず、予想外の事態に対処できないような人間では困る。自分で判断しろ、ということであるらしい。むろんマニュアルは無視してもよいとの意味ではない。
 そもそもマニュアルには、一番大切な事柄を書いてあるもので、それ以外の事態や対策をすべて書くのは不可能ごとだ。つまり予想外とされる事態の多くは、マニュアルに記載された絶対守るべき事項をおろそかにした結果であって、「マニュアル人間」からの脱却は、マニュアルを完全に理解してからの話だろうし、そのためマニュアルはいつも手許に置いておくのがいいと思う。

 CB65Fの取扱説明書は「木工屋 hiuma」さんから譲っていただいた。ネット上を探しまくり、厚かましくもコピーをお願いしたところ、こころよく送ってくださったのだ。まことに深謝……。

 まずは一読する。その結果10ページ下段にある「オビノコの刃幅1.25㎜」は「12.5㎜」の間違い……などとつい校正してしまうのに苦笑する。
「ガイドの使い方」にある図解によれば、ガイドの先端は、のこ刃より先には出ていない。加えて切断材とはがき一枚のすき間をもたせ、ガイド末端を1㎜ほど傾けるのが挽き曲りを防ぐコツらしい。

 また標準装備された「挽材案内装置」は、挽き曲りを防止するため木材を押しつける働きがあるようで、その量は5~10㎜が適当と書かれている。この数字はどうやら押しつけるスプリングの曲り量らしいが、それでいて「はがき一枚」のすき間、というのはどうした意味だろうか。

 自作した平行ガイドには、のこ刃の先まである長めの板を設けてある。これがどう影響するかは、むろん取説には書かれていないが、あくまで「挽き曲りを防ぐコツ」であって安全性には問題はないらしい。だからこそ市販されている多くの平行ガイドも長いのだろうと判断した。

 のこ刃は「岩崎目立加工所」に3種類注文した。のこ幅10㎜・16㎜(各1102円)・50㎜(2424円)+送料・消費税とかなりの格安。いろいろ試そうととりあえずの購入だったが、注文後の連絡・届いた品物の丁寧な梱包ぶりはとても好感が持てた。

 まずは幅50㎜刃を取付けてみた。0.8㎜とやや厚みがあるのこ刃だけに、弾力が強くて取り扱いに苦労した。鋭い刃先で指を傷つけぬよう皮手袋を使い、純正のこ刃65㎜と同様、のこ車から刃先がすこし出るように調整した。これは刃に設けられたアサリ(抵抗を少なくするため刃を一枚ずつ左右にひろげてある)がのこ車でつぶされるのを防止するためらしいから、50㎜幅ながら純正65㎜と同じよう処置することにした。

 また取説には、のこ刃のぶれ止めとなるセリは、65㎜幅とそれ以外の細刃では反対に取付けると記載されている。購入機には6㎜の細刃が装着されていたため、セリも反対になっていた。切削テストのあとに気がついて二股側につけ直したが、取説がなければ気がつかなかったかもしれない。

 切削は杉材でテストした。モーターの駆動音はかなり大きいが、チェンソーのエンジン音ほどではなく、のこ刃も下にむかって走るだけなので、回転するチェンソーやテーブルソーのようなキックバックは起こらない。そうした安全性がバンドソー購入の大きな理由なのだ。

 切削速度は思っていたより速い。切削面の仕上がりは他機種を知らないので比較は出来ないが、チェンソーを使い慣れた身には十分満足できる。全刃チップ付(6439円)も用意されているので、堅い材で支障があるようならぜひ試してみたい。
 心配したドリフトはわずかに起こるようだが、テスト切削では紙一枚はさむ程度で解消でき、自動鉋で仕上げるのだからまったく問題はない。

 とりあえず薪材の丸太を板に挽いてみるつもりだが、本格使用がいつになるかはわからない。冬ごもりの季節は小説書きと決めているのだ。

いまさらのバンドソー②

 腕力(うでじから)にはまったく自信がない。持つのは箸とペン……などと言うつもりはさらさらないけど、3×6合板一枚運ぶのがやっとなので、そんな男がログハウスを造ったと言ってもなかなか信じてもらえないのだ。

 という話はともあれ、入手したバンドソー日立CB65Fは73㎏もの重量がある。とてもじゃないが持ち上げられない。もちろんバックフォーはデッキ下には入れず、アームも届かない。
 完成した台座を前にしてしばし考えることになる。

 薪割り機移動のためのハンドウィンチや滑車があるが、吊り揚げるとなるとやはりチェーンブロックだろう、と近所の自動車修理所から借りてきたが、吊り下げる場所がない。デッキを支える丸太にフックをねじ込んだが、やや場所がちがう上、はたして70㎏の吊り揚げにフックが耐えられるか不安がある。

 そこで「建て起こし」を考えついた。丸太の柱などの全体をつり上げるより、上部先端を引き起こして立ち上げる方法のほうが(どのくらい減るかは知らないけれど)少ない力で作業できる。この方法ならねじ込みフック+滑車+ハンドウインチで行けそうだった。

 まずバンドソーを横に倒し、完成した台座を取り付けてしまう。バンドソー側に用意された取付け穴は12㎜だが、10㎜のボルト4本を使用する。これなら台座側が多少狂っても取付けられる。
 スプリングワッシャをかませてしっかり固定したあと、スリングベルトを巻き付けてゆっくり引き起こし、45度ぐらいになったところで肩を入れて直立させた。
「案ずるより産むが易し」……あんがい簡単な作業だった。

 さび付きを処理したあと平行ガイドを造ることにした。CB65Fの作業テーブルは、鉄板をプレスして作られている。そのためきっちり直角になっていないので、おそらく既製のリップフェンスが使えないだろうし、そもそも「買うより造る」がモットーなのだ。

 そこで古い丸のこスタンドに付いていた鋳鉄製の平行ガイドに目をつけた。同じようなプレス鉄板用だからと試してみたが、バンドソーの折り下げ部のほうが3㎜ほど長い。つまり取付け穴を長穴に改造する必要があり、チェンソーの目立てヤスリがちょうどよかった。

 フェンスになるナラ集成材に穴加工を施し、六角ボルトを通してナットではなくノブで締め付けた。ホームセンターで売られていたプラスチック製ノブの利用は、たぶんドリフトの調整が必要になるだろうから、そのさいスペーサーをはさみ込むのに便利だろうと考えたのだ。

 とりあえず完成させた形状は、およそはネットで検索した平行フェンスに準じていて問題ないはずだ。ところが「ひょっとして違うのか」という懸念が浮上した。

いまさらのバンドソー①

「午後に届くらしいわ、家財便」
 電話を受けた奥さんが不審そうな顔でつづけた。
「バンドソーってなあに、オークションでまた買ったの?」
「ああ、木工機械……。板に挽くもの」
「この前はチェンソーで切っていたじゃないの」
「細かに切るのは無理だからね」
「ふーん、板ならいっぱいあるじゃない。第一、何を造るのよ」
「…………」
 すぐには答えられない。必要な家具はあらかた揃ってしまい、いまさらバンドソーを入手しても造るものがない。

 運ばれてきたのは日立バンドソーCB65Fの中古格安品。コンパクトな形状ながら挽き割り250㎜の性能があるのが気に入ったが、なにせ70㎏を超える重さがある。積んできたトラックは低床タイプで県道から入れず、係員二人がかりで坂道を運んでくれた。

 設置したのは、物置状態だったのを前もって片付けてあるデッキ下。運びこみやすいよう柵は取り外しタイプにし、地面には軽トラ用のゴムマットを敷いて湿気除けとした。

 さっそく動作点検をする。6㎜の細いブレードが付いていたが、平行フェンスや取扱説明書は付属していない。モーターの動きに異常はなかったが、ブレードの横ぶれ止め(セリと呼ぶらしい)を上下させる軸およびブレード背後のベアリング軸が固着し、セリ自体もブレードにこすられて損傷していた。
 とりあえず潤滑油をスプレーしてみたが、さび付きはとれない。しばらく放置して台座を造ることにした。

 どのくらいの台座が作業しやすいかわからない。本体の作業テーブルは高さ35センチほどで、あまりに低くすぎるだろう。調べたネット情報では胸の高さが多いようだから、とりあえず65センチ高の台座を造ることにした。

 材料はありあわせの45×90㎜のスギ材。ルーターで溝を掘ったのは、強度補強に12㎜の針葉樹合板をはめ込むため。汚れていたのでオイルステインで黒く染め、表面から止めたクギも黒マジックでごまかした。
 いつものようにポケットジョイントで組上げ、中に棚を造るだけにするつもりだったが、勢いづいて扉も製作する。あいにく1寸厚の板しかなかったのでやや無骨な扉になってしまう。こうしたときバンドソーがあればすぐさま挽き割りできるわけだ。

 仕上げの塗装もないので簡単に完成したが、70㎏をどうやって持ち上げるかが問題だった。