ショルダーハム・レシピ変更

 年明けになっての初燻製を行った。正月料理の用意をするとき、一緒に漬け込みをする関係でちょうどこのころ燻煙作業になるのだろう。去年の記事をのぞいてみると、同じくショルダーハムをつくっていた。

 安価な輸入肉の肩ロース約2.5㎏を半分にする。脂肪の少ないほうを低温調理でチャーシューに使い、残りを燻製した。例年より量が少ないが、いくつか試してみたいことがあるためで、結果がよければもう一度つくるつもりだ。

●テスト① 漬け込みは乾塩法で行ない、岩塩に混ぜる三温糖をハチミツに変えてみた。以前、高知のログビルダーが、手造りベーコンにメープルシロップを使っていたのを思い出し、そこでハチミツではどうか、とテストすることにした。

●テスト② ネット情報を参考に、タマネギとともにリンゴのスライスを漬け込んでみた。たまたま冷蔵庫に入っていたので……。

●テスト③ 熟成は10日間、1時間おきに水を取り替えて溜め水で脱塩する。この時間を5時間から8時間に増やした。ちなみに肉は金網の上に置き、解けだした塩分が下に溜まるようにした。

●テスト④ 燻煙はいつものように60℃で6時間。70℃2時間のボイルを、低温調理の結果がよかったので64~65℃で3時間に変更した。また茹でるさい、肉を直接湯に入れず、ビニール袋に入れて湯煎状態にした。

 結果は上々だった。塩抜け具合もちょうどよかったし、味もわるくなかった。やはり「塩抜き」が味の決め手になるようだ。そして肉色がすばらしいのは、ボイル方法の変更だろうと思われる。
 リンゴの効果はよくわからない。ハチミツについては、いくつか思いあたるのでさらに調べてからの報告としたい。とりあえず、ショルダーハムのレシピは下記のように変更する。

※肩ロース 1㎏あたりのレシピ
岩塩    30g
ハチミツ  大さじ2(または三温糖15g)
黒コショウ、オールスパイス、セージ、ローレル 各2g
リンゴ、タマネギ   適宜
※冷蔵庫で熟成10日間 溜め水脱塩8時間、燻煙60℃6時間、ボイル64~65℃3時間

 ついでながら肉のしばり方はこんな感じ。

巨大大根

 お雑煮が三日もつづくと、すこしばかり胃がもたれてしまう。このあたりも加齢によるものかと思いあたり、だから七草粥なのだな、と納得してしまった。そこでふと春の七草のひとつ「すずしろ(清白)」、つまり大根を思い出したので、今回の話題にしてみる。

 お隣に届け物に行った奥さんが泣き泣き帰ってきたことがある。
「これ、持っていきなって言われちゃった」
 と大根2本を差し出した。そんなお返しをありがたく頂戴したのはよかったけれど、冬の大根の冷たさに持つ手は凍えて、ついには涙がちょちょぎれそうになってしまった。けれども両手は大根を持っているから拭くこともできず、帰り道の200メートルを涙ながらに歩いてきたらしい。

「ちょっと、なによ、この大根? 絶対持てない」
 と奥さんが、ついつい眉をひそめたのはそうした記憶のせいだったのかもしれない。8キロほど離れた農産物直売所にならんでいた大根は、それほど巨大だったのだ。
「これ、100円だってさ」
「安いけど、”す”が入っているんじゃない?」
 と気が進まない奥さんをお構いなしに、面白がって買ってしまった。となれば当然、調理役をも買って出なくちゃならない。

 大根を調理するさいには「お米のとぎ汁」で下茹でする。苦みやアクが抜け、やわらかさが増して味も染みこみやすくなる。米にふくまれた”でんぷん”の作用らしいので、生米ひと握りを入れ、小一時間ほど茹でることにしている。
 そう言えば、電子レンジで温めたり冷凍すると、大根の細胞壁が壊れて味が染みこみやすいと聞いてテストしたことがあるが、さほどの効果は得られず、何やら苦みも残った気配もあるのでそれっきりにした。

 それにしても見事な大きさだ。輪切りにしても”す”は立っておらず、筋のある皮部分を思い切ってむけるのがうれしいが、あまりに巨大過ぎて三分の一ほどで鍋一杯になってしまった。

 まず焼き目をつけた鶏手羽との煮込みにし、もう一つは、たっぷりの鰹だしに昆布を加えて煮込み、甘めの味噌にきざみ柚をそえて食した。

 どーんと食卓に置いてみれば、そりゃ、まあ、存在感たっぷり……。だが、味のほうもやたら巨大。つまり大味で、すこしも美味くなかった。

「見栄えはいいけど、味も素っ気もありませんね」
 と言われた記憶があるのだけど、はて、いつごろで何のことだったろうか……。

電子書籍と写真

 これまで電子書籍はすべてリフロー型で配信してきた。文字の拡大縮小や端末サイズの大小にあわせて文字が流れこむように変化する。そこでre(再)flow(流れる)と呼ぶわけで、rewrite(リライト-再執筆)と同じような言葉なのだろう。

 アルファベットや数字の半角1文字は、データ量の単位であらわすと1バイト、日本文字(ひらがな、カタカナ、漢字)の全角文字は2バイトとなり、この単位で流せば、たとえ1行あたりの文字数が増減しても表わす言葉の意味は変わらない。つまり小説などの文字だけの書籍であれば、レイアウトが変化してもなんら問題はないことになる。

 ところが画像や写真はちがう。まずやたらと情報量が多い。たとえば最新刊『凄い男』の表紙としたjpgファイルは297キロバイトの情報量だが、本文のテキストファイルは240キロバイトしかない。この240キロバイトは、およそ12万文字にあたり、400字詰め原稿用紙なら300枚ほども書いたわけで、この数字をみると、やれやれ、といった気持になる、というのはまったく別の話……。

 しかも画像ファイルは、297キロバイトを一つの塊として扱わないと表紙にならないわけで、文字のようにバラバラに流すわけにはいかない。そこで画像や写真が主体の電子書籍は、固定レイアウト型で配信されることが多い。
 ページ全体を1枚の画像として処理するため、本文と写真のレイアウトは固定され、ページ送りや端末の違いによる崩れはまったくない。しかし拡大して読もうとすると、文字を追ってスクロールしなくてはならず、拡大にともなって文字が滲んで読みにくいという欠点がある。

 以前、写真数枚をコラージュ加工して、1枚の写真としてリフロー型に入れたことがある。この方法なら複数写真をレイアウト崩れなしに掲載できるのだが、写真のあとに「改ページ」を入れるため、写真だけのページになってしまった。

 そこで、こんな感じの縦長コラージュ写真(横組なら横長写真)をつくり、文字の間に入れ込んでみた。方法は簡単、指定した場所にドラッグ&ドロップすればよい。ただし画像スペースは、およそ数行分、ページ変わりのすぐ後ろでないと支障が出るかもしれない。

 参考までにKindle Previewer V3のスクリーンショットを掲載しておく。タブレット、スマホ、kindle端末とそれぞれ差があり、挿入写真のピクセル数によっても変わるようだが、そのあたりを再テストして、来年配信予定のビジュアルエッセイに使いたい。

正月料理

 改まって「お節料理」を用意するのは、とっくのむかしにやめていた。だいたい-10℃にもなる寒い朝に、わざわざ冷えた重箱料理などぞっとしないし、たとえ「めでたさを重ねる」意味があったとしても、歳を重ねてめでたいことなど一つもありゃしないと、へらず口をたたきながらも、
「しかし、何もないのもさびしいな」
 とついつい思ってしまうのが正月料理だ。

 それじゃ「牛肉のたたき」でもするかと考え、ひさしぶりに「低温調理」を思い浮かべた。牛肉にかぎらず多くのたんぱく質は、65~75℃程度で変性してうま味が増したりするが、同時に水分を外に逃がして、硬くパサパサにしてしまう。こうした性質は、ハムなど燻製づくりのボイル温度を70℃に保つことでよく承知していたし、20年も前にプレゼントされた「保温調理器」を利用した「砂肝のコンフィ」を紹介したこともある。

 ネット情報の「低温調理」を当たってみると、以前に比べて記事がやたらと多いのに気がついた。どうやらANOVA、BONIQといったアチラ製の「低温調理器」が輸入販売されるようになり、ちょっとしたブームになっているらしい。温度センサーで計り、ヒーターと攪拌機で湯温を一定に保つもので、スマートフォンと連携する機能もあるようだが、わが家にスマホなど一台もないし、第一、大枚2万円もはたいて買う気は毛頭ない。

 ちょっと興味を惹くレシピがあった。調理温度を60℃ほどと低く保ち、その分時間を3~5時間と長くしているのだが、これほど長時間になると、頂き物の「保温調理器」ではすこしばかりむずかしい。しかし、途中でお湯を加えたりすれば可能かもしれない、とこんなテストをすることにした。

※チャーシューの低温調理
豚モモのブロック      400g
★ショウユ、みりん、酒   各大さじ2
★ニンニク、青ネギ     適宜

①一煮立ちさせた★をビニール袋に入れ、肉刺ししたブロック肉を一晩冷蔵庫で漬け込む
②常温にもどした漬け込み肉は、湯温65℃の「保温調理器」に、漬け込み液が入ったビニール袋ごと沈める。もちろん袋にお湯が入らぬよう注意する。
③一時間ごとに熱湯を加え、60~65℃に保ち、合計3時間沈めておく。
④調理した肉の表面に焼き目をつける。熱くしたフライパンで手早く焼き(ゴム入りネットは外した)、肉を取り出して残った漬け込み液を煮詰め、肉をもどしてからめる。
⑤しばらく放置し、冷ましてから切るほうが肉汁がでない。

 ご覧のように肉色があざやかで、しかもやわらかい。生肉状態での漬け込みでも十分味が染みこむようで、安価なモモ肉ながらなかなかの味に仕上がった。いままでは表面を焼いてから「低温調理」していたが、あとで焼くほうが香ばしさが残る感じなのがとてもよかった。

 皮目をパリッと焼いた合鴨のたたき……といま考えついたが、それはいずれ紹介する。

満天星とピラミッド

 菜園の隅に植わっているドウダンツツジ(灯台躑躅)を移植した。下向きに咲く白い小さな花を満天の星にたとえられたりするが、土地を購入する以前から植わっていて樹齢40年は超えていると思われる。それだけに巨大なほどに成長して菜園に大きな陰をつくるので、ひと思いに移植した。

 ツツジは元の地主家の墓に隣接して植わっている。いわゆる屋敷墓と呼ばれ、墓葬法が制定される以前からある墓地だけに認められる古い形式なのだが、関西にはなく、関東でも少ないらしく、しかも神道式の墓というのがめずらしい。

 神道式の墓石は、頭頂部を四角錐につくり、「……家之奧津城)」と刻まれている。それを「おくつき」と読むとは、この集落に移住してはじめて知ったわけだが、何度か体験した葬送行事は、日光東照宮の神官がすべてを執行していた。この地方が東照宮領だった名残りなのだろうか。

 ひどく唐突だが「日ユ同祖論」という説がある。明治のころ貿易商(あるいは宣教師)として来日したニコラス・マクラウドが日本と古代ユダヤとの相似性に気づいて体系化したものだが、水や塩で身を清める禊(みそぎ)をする日本神道の習慣は、ユダヤ社会にもあったと言い、古代ヘブライ神殿と日本の神社の構造が似ていたり、ユダヤの聖櫃(アーク)は、日本の神輿(みこし)にそっくりだったりと、その相似点はおどろくほど多い。

 そうした目で見てみると、天叢雲剣(あまのむらくものつるぎ)を意味するとされる神道式墓石の頭頂部が、古代ユダヤ王の墓と目されるピラミッドに見えてきたりする。むろんここでくわしく書き触れるわけにはいかないけど、一度きっちり調べてみるのもわるくないな、と思ったりした。

 ともあれツツジを移すなら、葉が枯れ落ちた季節がよいらしい。根張りが浅く、丈夫なので移植してもめったに枯れない、との情報に気をよくして強行とあいなった。つかみ装置付のバックフォーだから、こうした作業はお手のもので、周囲を1メートルほどの深さに掘り起こし、根っこに土を付けたまま移動させる。

 根に付いた土塊は直径1.5メートルほどにもなる。はたしてどのくらいの重さになるだろうか。つかんで持ちあげたまま横にまわすと、その重さで反対側のキャタピラーが浮き上がってしまう。無理すれば横転ということもあるので、爪を使って土をかき落として移動させるなど、慎重に作業をすすめて終わらせた。

裏切りの燻製

 作ってはみたものの、ブログでの報告にすこしばかり躊躇していた。その出来映えはともかく、味がそれほどでもなかったのが原因だったが、そろそろ正月用の燻製の時期か、と考えたついでに掲載することにした。

 ストック切れのベーコンを作ったさい、変わり燻製でも、と用意した材料は、かまぼこ、ゆで卵、それに市販のボロニア・ソーセージ。このところ怠けまくっているソーセージ作りを、出来合い品のスモークでごまかそうと目論んだのだ。

 ボロニア・ソーセージは、イタリアが発祥の牛の腸を利用した太めのソーセージ。羊の腸ならウインナー、豚の腸だとフランクフルトと呼ばれたりしているが、いずれも塩・香辛料を混ぜ合わせた豚の挽き肉を詰め込んで作られている。

 ちなみにソーセージは、ノコギリを意味するソー(saw)で細かく切り刻んだ肉と香辛料のセージ(sage)を語源とする、とどこかで聞いた記憶があるが、これはどうも、ひどい間違いだったようだ。チェンソーなどが耳に馴染んでいたため、ついつい納得してしまったのだろうか。あちらこちらで吹聴した覚えもあるので、まったくもって冷や汗ものだ。

 正しく英語ではsausageと表記されるわけで、いくつか語源説があるうち、ラテン語の塩漬けを意味するsalsusとセージsageの合成語、というのが有力らしい。

 ゆで卵は、あらかじめ醤油などの調味料に漬け込み、かまぼこは板から外し、ソーセージもケーシングを取り除いておく。いずれも冷蔵庫から早めに出して常温にもどしておかないと、スモーク時の温度上昇にともない水滴が浮き出して煙がきれいにつかない。

 ベーコンを吊した上の網にならべてスモークする。あくまでベーコン作りの副産物だから、65℃まで徐々に温度をあげて6時間、といういつもの温燻パターンは変わらない。わが家では、そのまま食するフレッシュベーコンのほか、保存性をより高めるため70℃60分でボイルするときもある。

 副産物たちの出来映えはこんなものか。ゆで卵やかまぼこは、それなりの味に仕上がり、まあまあ満足したが、ソーセージとなるとそうはいかない。
 出来合いソーセージだけにさして期待はしていなかった味に、やはり手抜き燻製だったな、という後ろめたい”裏切りの味”をまぶしたような感じ、とだけ表現しておこう。

PCトラブル顛末

 数日前の寒い朝、いつものように起動させたパソコンにトラブル発生。禍々しい黒い画面に何やら英文メッセージが表示されていた。
「ディスクの読取りエラーが発生した。Ctrl+Alt+Delを押して再スタートさせよ」

 指示通りにすると難なく起動する。一日中使用しても問題はなく、何のメッセージも表示されなかった。
 ところが翌朝から毎日、同じように表示されるようになった。しかし、いったん起動すれば異常はなく、スリープやシャットダウンをくり返してもスムーズに起動する。どうやら朝一番の起動時だけの現象らしい、と見きわめをつけたころ一度ではだめになり、二度三度とCtrl+Alt+Del押しを試さないと再スタートしなくなった。

 とりあえずネット情報に当たってみる。まず周辺器機の接続が原因になっていないかを確認したあと、BIOSのBoot設定が変更されていないか調べた。
 6年前に自作したPCのマザーボードはGIGABYTE製。電源ボタンを押したあとDeleteを連打してBIOSに入る。3D-BIOS画面をチェックするが、Boot順序№1はちゃんとHDD(使用しているのはSSDだが)のマークになっていた。

 もしやと考え、BIOSのUpdaingを行なった。電源ボタンを30秒ほど長押しすると、自動的にUpdaingがはじまり、およそ5分ほどで終了する。この日のチェックはここまでだったが、しかし翌朝の起動時には、まったく修正されていない。

 ふたたびネット情報探しだ。内部電池は交換したばかりなので原因から除外し、パーティション内のブートマネージャの読み込めないためのエラーかも知れないと考えた。その不具合を修正する「chkdsk」を行なおうとしたが、どうしたことかwin10用のシステム修復ディスクが見当たらない。確かに作成した記憶があるが、ひょっとするとそれはwin7のときだったかもしれなかった。

 ならばいっそ、とPCを初期状態にもどすことにした。アプリを入れ直さねばならないけど、一番確実な方法だろうと思ったのだ。
 スタートメニューの設定…→更新とセキュリティ…→回復…→このPCを初期状態に戻す…→個人ファイルを保持するを選択し、インストールは約30分ほどで終了する。しかし翌朝には、変わらずCtrl+Alt+Delを押す羽目になった。

 となればSSD本体の故障しか考えられない。予備のSSDにクリーンインストールするかとも考えたが、前々から欲しかったクローン作成機を急ぎ購入し、win10導入時の小容量SSDからのクローンを作ることにした。さすが専用機だけにクローン作業も早かったが、結果は変わらない。いや、変わらないどころではない。Ctrl+Alt+Delを何度も試さないと起動しないようになり、エラー症状はいよいよ重篤の気配になってしまった。

 やれ、困ったぞ……とWin10が入った二つのSSDを取り替えつつ、あれこれ試すことになる。どこをどうしたかわからなくなったころ、まったく症状が出ていないことに気がついた。
 あれ! と思ってSSD②に換える。症状が出る。そこでSSD①にもどす。またも症状が出る。再度SSD②に換えてみる。すると無症状。おいおい……どうしたことだ。

 そこに至ってやっと気がついた。SSDを交換するさい予備のSATAケーブルを使っていたのだ。そこでテストすると、すぐさま判明。つまり原因は、それまで使用していたオレンジ色のSATAケーブルだったわけで、ケーブル交換後はごくごく快調に起動している。

 断線か接触不良かわからないが、あるいは気温低下とともに金属部の収縮でもあったのかもしれない。いずれにしろ人騒がせなトラブルだった、と思いつつネット情報をたどってみると「SATAケーブルの接点不良」を原因の一つにあげているサイトがちゃんとあるのを発見……。
 どっと疲れがよみがえってくるのだった。

小説家の6次産業化

「なんと、25年前か」
 としみじみと思ってしまう。もうそんなになるのか、という驚きのあとに、ちょっと古すぎるんじゃないか、という心配もなくはなかったわけで、古い掲載雑誌の切り抜きを手に、すこし考えこんでしまった。

 いつもそうなのだが小説は、ふと思いついて書きはじめる。テーマやモチーフなどを小難しく考えたことはあまりなく、ストーリーやキャラクターなどを区別なく思いつくのがきっかけだ。ときにはある場面が映像的に思い浮かぶことがあるが、それがラストシーンだったりするのは、なかなかに好都合でもある。
 そのラストシーンに必要な要素を数えあげ、その要素が実現してゆく過程をどんどんさかのぼってゆくと、ごく自然にストーリーが構成される……と書いてしまうほど簡単ではないけど、いわゆる幕切れが決まった長編小説のいくつかは、そんなふうにして書きはじめることが多い。

 反対に何も決めずに書き出すのがキャラクター小説だろうか。ひょんな拍子で思いついた主人公をある設定に放り込むことでストーリーが動き出すのだが、ラストが決まっていないだけに思わぬ展開になりやすい。書いている本人が驚く、というのも変な話だが、じっさいそんな気分で書きつづけてしまう。
 たとえば『峠越え』から始まった与一郎シリーズは、第6作『ご返上』まで書きつなぎ、400字詰め原稿用紙3500枚以上を費やしているが、まだ幕切れを迎えたわけではない。さいわいKDPの「読み放題」では好評のようだから、いずれ第7作を書いてみるか、という気持もないではない。

 冒頭に話題にした作品もそうしたキャラクター小説で、切り抜きにあるメモ書きを見ると1992年の3月号とあり、長編小説賞をいただいて本格デビューした翌年ぐらいの短編依頼だから、まだログハウス建築に手を出していない、けっこう真面目に小説を書いていたころの話だ。

 沖とり魚の血を抜くように、あっさり人を殺める”野締めの市蔵”という『凄い男』がいる。島帰りの殺し屋として裏の世界で恐れられたが、いまは引退して堅気の料理人だったはずだ。しかし、そうもいかない理由があるのだ。そんなキャラクターと捨て子した赤ん坊が大店の一人娘として立派に成長、といった設定の組み合わせがいたく気に入ったせいか、ときおり思い出しては短編に仕上げて単行本に掲載したりした。そうした4作品に書き下ろしを加えて連作集としてみようかと考えたのだ。

 しかし25年も前の作品である。時代小説だから内容的には問題がないとしても、原稿となるとそうはいかない。残っているのは雑誌切り抜きとプリントや、いまや骨董的というべきワープロ・データーだから、原稿そのものを書き起こすことになり、同時に加筆手直しを行なうとなると、構想25年などと陳腐に気取っている場合ではないのだ。

 かくて新電子本『凄い男』をスタートさせたが、既存の4作品の加筆&書き起こしに2ヶ月、加える書き下ろしに1ヶ月ほどを要し、さらに表紙づくりと作業がつづいた。

 表紙づくりは以前に紹介してあるが、そのとき撮ったお面の写真を、例によってフリーの写真編集ソフト「JTrim」で加工する。この作業はなかなか楽しいもので、あれやこれやとテストをくり返し、ついつい時間を費やしたりもする。

 さらに行なう校正や電子データー作成は、一転して辛気くさい作業だ。このあたりがセルフパブリッシングをすべて一人でこなす場合の面倒なところで、ただ小説を書けばよかったころとは大いにちがう。
 ちなみに農家が生産した野菜や果物を加工し、販売まで手がけるのを「農家の6次産業化」と呼んだりするが、電子書籍のセルフパブリッシングもこれに似たようなものだろうか。

 なるほど「小説家の6次産業化」とはちょっと面白い。いずれどこかでくわしく書き触れることになりそうだ。

丸太のテスト挽き

 本格的な冬が来るまえに、バンドソーのテスト挽きをした。かれこれ二年前、わが家の前の川岸から台風による倒木を引き上げ、薪原木としたことがある。そのうち樹種不明ながら直径40センチ近い玉切りを保管してあるで、これを板に挽いてみた。

 バンドソーCB65Fの最大挽き割りは250㎜しかない。すこし余裕をみて240㎜の高さになるようチエンソーで切断する。
 年輪を数えると50年生ほどのようで、表皮からすると樺系のように思われる。保管中に雨に濡れたこともあるが、切断面にさほどの水染みはなく、木目も案外おとなしい。

 バンドソーに装着したのは、岩崎目立加工所製の幅50ミリの高周波焼入振分刃(焼き入れして左右に振り分けたアサリ刃という意味だろうか)。@2,446円とあんがい格安だが、どれほどの切れ味か興味がある。

 作業テーブルに潤滑スプレーを吹きつけ、丸太を乗せる。これがやたらと重く、作業台が高すぎたのを後悔する。一度には乗せきれず、途中に置いた台まで持ち上げ、気を入れ直してテーブルに設置する。あやうくギックリ腰になるところだった。

 目一杯高くしたセリシャフトぎりぎりなので、怖々とした切断になった。時間を計ったわけではないが、240ミリの挽き割りとして十分満足する。
 柔らかい杉をチェンソー製材するよりずっと楽だし、なによりソーダストの量が格段に少ないのがうれしい。
 半割にしたあと20ミリ厚の板にしてみたが、これもスムーズな切断だった。

 板材をプレーナーにかけてみた。切削の加工性はよく、仕上がりもわるくない。目が詰まり、ややおとなしい木目だが、濡れ肌にしても趣のある色合いになった。オイル仕上げにむいた板材になるだろう。

 それにしても樹種はなんだろう。玉切りしたときの表皮からは樺系と見当をつけてあるが、プレーナー仕上げの肌目は桜に似ている。あるいは水目桜(ミズメサクラ・別名ヨクソミネバリ)ではないか、と思っているがどうだろうか。

献残ポテト

 江戸の町に「献残屋」という職業があった。献上品の残りを仕入れて転売する、読んで字のごとくの商売だが、江戸にあって大坂にはない、と書いた資料があったはずだが、書名はわすれた。

 献上品と言いながら、そのじつ幕府の役職や大名家への付届け品であろう。ときには小判を忍ばせた賄賂の残りだった可能性もあるわけで、昆布や鰹節などの日持ちのする乾物などが多かったらしい。

 献上も付届けも(フリーランスが長かったから、その機会も必要も少なかったけど)田舎に移住してからはまったく意識したことがない。そんな必要もないと思っていたが、すこし考えが変わった。

 近隣の農家が猿やいのししなどの獣害に困っているのは知っていたが、菜園をするようになると直接な被害として感じる。なるべく獣害の出ないような作物を作るようにしているが、そうもいかなくて今年もジャガイモ畑を荒らされ、悔し紛れの「猿来襲」をブログで報告した。

 惨状のわりにまあまあの収穫……に気を取り直したわけだが、考えてみればかれらは土地の先住者なのだ。全滅となると困るけれど、多少の献上は仕方がないのかもしれない。
 ワインを樽で貯蔵するさいの蒸発分を「天使の取り分」と言ったりするが、先住者にいささかの敬意を表するなら「野生の取り分」があってもいいような気分になっているのだ。

 そうした事情の「献残ポテト」、けっこう楽しく食した。以下はその報告。

①ご存知ポテトサラダ。メークインだったのでクリーミーな味。
②ハッシュドポテト。細切りにして片栗粉大さじ1を混ぜ、電子レンジにかけてからオリーブオイルで焼いた。
③照り焼き風ポテト。サイコロに切って揚げ焼きし、酒、みりん、しょうゆで味をつける。マヨネーズを加えると一気にジャンク風味。
④ハッセルバックポテト。切り離さないように切れ目を入れ、バター・チーズをはさんでオーブンで40分焼いた。スタイリッシュだが味はいまひとつ。
⑤定番の肉じゃが。
⑥何度もつくる鶏肉ポトフ

 一番の好みはジャーマンポテト。
 薄切りポテトは電子レンジでやわらかくし、自家製ニンニク・自家製ベーコンとお隣に頂戴した玉ねぎのみじん切りをよく炒め、投入したポテトに焦げ目がつくほど焼きあげ、仕上げにデッキ産のパセリを散らした。

 その味よりなにより、買ったものが一つもないのが気に入っているのだ。