そら豆の摘花

 そら豆栽培に初挑戦している。去年の晩秋に種をまいたあと、ネット情報の手順どおりに不織布での霜よけなどを施し、なんとか無事に冬を越した。デッキの鉢栽培、畑の直植えともに順調に育っているようで、気がつくと花が咲き出していた。

 まだ3,40㎝ほどの背丈だが、かなりたくさん開花している。この状態が良いのか悪いのかわからないけど、とりあえず支柱を立て、風で倒れないよう紐を張ってやった。このあと60㎝ほどに育ったら先端の芽をつんで葉の成長をとめる予定だ。

 そのまま枝や葉を伸ばしてしまうと、養分が無駄に吸い取られて収穫が減ったりするようで、また大きな豆に育てるには摘花するほうがよい、とネット情報にあった。花ではなく莢(さや)が小さなうちに摘果する方法もあるようだが、どうせなら早めに、と花を摘んでしまうことにした。

 花は一節に3~4つ咲いている。けっこうかわいい花だが、根元のひとつを残して摘んでしまう。これまたよいのかどうかわからないが、まだつぼみ状態のものはそのままにして、莢になってからの摘果とすればいいだろう。

 ちなみに苗は、普通の一寸そら豆とイタリア産の生食用ファーベ(fave)を栽培している。ファーベは、そら豆あるいは豆を意味するイタリア語で、たしかポポロという品種だったはずだ。

 生で食べるそら豆には前々から興味があった。莢から取り出して口に放り込み、羊乳からつくるペコリーノチーズと一緒にかみ砕くと、豆の生臭さとチーズの強い塩分がからみあって絶妙なハーモニーを醸すらしい。
「たぶん山羊チーズでもいいんじゃないかな」
 などと勝手に想像しているが、はたして味わえるかどうかは、これからの育て方次第ということになる。

芽出しと種まき

 町に出たらサクラが満開だ。先生のお気に入りになろうと、ハイハイハイと一斉に手をあげる良い子のようなソメイヨシノがそろって開花していた。手をあげないと仲間はずれになるからと、無理して咲いているような感じがするサクラだった。

 くらべて山里のサクラは個性的だ。教室をぬけだしたり、居眠りしたり、あるいは机に落書きする悪ガキさながらに、白かったり、桃色がかったり、枝垂れや八重になったりと、それぞれ勝手で自由で、みんなで一緒に咲くつもりはまるでないヤマザクラたちがひどくおもしろい。
 そんな一本の八重サクラが咲き出すころ、芽出しや種まきをはじめる目安としている。

 わが家をふくめた山里では、何はともあれ里芋を第一に栽培する。やや湿り気の多い地質は、竹の子や大根、あるいは里芋などの根菜類にむいているようだが、なにより里芋には猿の害がないのがいい。
「喰ってみたら口のまわりがかゆくなるんでないかい」
 などと土地っ子が解説してくれるが、わが家では、猿害除けを第一に菜園計画を考えることにしている。

 どうやら猿どもは、親子や仲間同士で学習しているようだ。一度懲りたものには手を出さないようだし、見たこともない品種は狙われにくい傾向がある。しかし、いずれは熟しどきや喰いどきをマスターされてしまうわけで、そうした猿どもの裏をかくような新品種を探すことが多い。

 たとえばいまの時期、青々と葉を茂らせているニンニクだが、これも猿の被害を受けない。ときおりネギと間違えて引っこ抜かれるが、一度囓ってみたらその辛さと臭さにコリゴリするらしい。鹿やイノシシにも敬遠されている様子だ。

 カボチャは猿の大好物だが、同種のコリンキーやバターナッツは好まないらしい。生食用のコリンキーは、大して甘みがないのが理由らしく、皮が固くて形が変わっているバターナッツにもほとんど手を出さない。

 そんなこんなで今年の菜園は、里芋、枝豆、落花生、コリンキー、ズッキーニ、バターナッツ、ピクルスキュウリをラインナップしてみたが、相変わらずのアマチュア栽培だからうまく行くかどうか、ともあれ5月末の定植めざして今年の農作業がはじまった。

ジャガイモ植え付け

 毎年、なんやかやと遅れてしまうのがジャガイモの植え付けだ。発芽時期の遅霜を警戒しずぎるのが多くの原因だが、今年は風邪ひきが重なってさらに遅れ、病み上がりにむち打って何とか終了させた。

 種イモはメークインを購入。小さな芋はそのまま、大きなものは二つに切って植え付ける。切り口は陽に当てて乾かしたり、草木灰を付けて消毒しておく。薪ストーブがあるからこうした草木灰には不自由しなかった……はずだが、福島原発事故以後はそうもいかなくなった。

 福島事故による放射線は、福島県はもとより関東各地にひろく降りそそいで汚染した。たとえば横浜市が指定管理する公園では、半年後に枯れ葉などの焼却したところ、1㎏あたり2651ベクレルのセシウムが検出された。これは国が定めた肥料の暫定許容量400ベクレルを大幅に上回り、草木灰の肥料としての販売や利用を中止している。

 わが家におけるストーブ灰のセシウム値は、こちらでお知らせしたようにさらに汚染されていて、今年燃やしたのは2015年の薪だから、約6500Bq/kgという値に変わりはないはずだ。とうてい肥料に使用できる値ではなく、こうした汚染された薪ストーブ灰は、日光市によって5月中旬に回収される予定になっているのだ。

 そんなことから切り口消毒には、10年前から保存してある稲わらの焼き灰をつかい、発芽した芽はひとつだけ残して掻き落した。あとあとの芽かきの手間を省くつもりなのだが、脇芽が出てしまうのは止められないだろう。

 去年は露地に植え付け、雑草まじりの叢生栽培なんぞをやってみたが、いわゆる手抜き栽培だけに成功したとは言えなかった。そこで今年はマルチ栽培にもどすことにし、先にマルチを張り、穴を開けて種芋を植え込むことにした。

 種芋を植え付けてからマルチングする方法では、芽が顔を出したとき早めにマルチを破ってやらねば、せっかくの若い芽をマルチ焼けさせてしまうからで、これまた手抜きに近い方法だがうまく行くかどうかはわからない。

 苦土石灰、元肥をネット情報どおりに(毎年やっているのに覚えられない)ほどこし、マルチの穴開けは、トーチ式のガスライターを使う。金属製の穴開け器より数段便利だが、風が強い日にはむかない方法だ。
 穴の底に種芋を伏せ、10㎝ほど土を盛っておく。芽かき、草取り、土寄せもしない放置栽培だから、さほどの収穫は期待できないだろう。

 そうした作業の矢先にサル襲来。そら豆の苗を引き抜かれてしまったが、当然、ジャガイモは毎年のように狙われる。そこで母屋近くに植え付けてみたが、あのサルどもが怖がるはずもなく、これまた効果はないと見ている。

恒例・山羊糞堆肥

 山羊糞堆肥の積み上げは、春一番の恒例作業だが、あいにく風邪を引いて体調不良のため、写真のみの“載せ逃げ”とする。

 そう言えば、昨年のいまごろにも“載せ逃げ”した覚えがある。春の体調不良も恒例か。

里芋の掘り出し

 梅がようやく開花した。と言ってもほんの2,3輪だから、あまりにしょぼくで写真に撮る気にもならないけど、春は確実に近づいているのだ。

 そろそろ農作業の準備にかかる時期でもある。例年、天気を見計らって畑の耕転からはじめるのだが、その前に今年は、里芋を掘り出しておかねばならない。

 里芋を畑に埋めて越冬させる方法がある。いつもは掘り起こした株から芋をほぐさず、新聞紙でくるんで地下室に保存していた。真冬でも7~8℃に保てるはずだったが、ときにはさらに冷えたらしく、かなりの芋が寒さにやられた。そこで去年は、収穫した半分を穴に埋めて貯蔵する方法を試してみた。

 70㎝ほどの深さの穴に、株を逆さにして埋めるとよいらしい。が、ネズミ被害もあるようなので、コンテナや土嚢袋に株を入れることにした。すこしはガード出来るのではないか、と期待したわけだ。上から土をかぶせ、さらに雨水がしみこまぬようブルーシートで覆っておいた。

 剣先シャベルで掘り出したが、腰が痛い、とすぐにやめてバックフォー使用に切替える。やたらに大仰な方法で、イワシを釣るのに軍艦を持ち出した気分。かなり慎重に作業したが、やはりコンテナを潰してしまった。

 芋の保存状態はわるくないようだった。ネズミ被害もまったくなく、一部はすぐに水洗いしてみたが、地下室貯蔵よりみずみずしい感じがある。このぶんなら穴貯蔵のなかから状態のよいものを選んで種イモとし、四月に入ったら芽出し作業することになるだろう。

薪割り(2)

「田舎暮らしをするについて、一番大切な作業とは……」
 と聞かれたら、そくざに「薪割り」と答えることにしている。じっさい日光で暮らした20数年間、小説を仕上げられなかった年は何度もあったけど、薪割りを欠かしたことは一度もない。
 冬の間、寒さに凍えて閉じこもり、たるみにたるんだ身体をチューンナップするには、年に一度の「薪割り」ほど性に合った作業はない。いや、なかった、と言い直すべきか。エンジン薪割り機の導入でかなり様相が変わったのだ。

 原木を玉切りし、斧で割り、軒下や薪置き場に積みあげる。こうした一連の作業で一番大変だったのは、やはり「薪割り」だったろう。全体の60%を占めるほどの作業量だったように感じる。しかし、薪割り機の導入でずいぶん楽になり、感覚的には半分ほどになった。
 たった半分か、と思われるむきもあろうが、なにしろ300㎏超の機械だけに移動するだけでも一苦労だし、エンジンやら何やらの手入れもあり、なにより玉切りした丸太を割り刃にセットしなくてはならない。
 わが家の薪割り機は縦置きになるため、丸太を転がしてセットできるが、横置き専用機となれば、10~20㎏はある丸太をいちいち台上に持ちあげることになる。これがひどく大変で、腕力のない私にはとても無理。薪割り機を導入されるさいには、この点も留意する必要があるだろう。

18-1
 そうしたわけで薪割り機導入後の作業量は、玉切り、薪割り、積みあげ、それぞれ三分の一といった感じだ。そこから考えるに、一連の作業を「薪割り」とひとくくりに呼ぶのは適当ではなく、あるいは「薪づくり」とでも称すべきかもしれない。

 玉切りは、ひとえにチェーンソーの性能による。キャブレーターやエアフィルターの掃除を怠れば、エンジンを起動させるだけで一汗かいてしまう。むろん目立てがわるいと、切断に時間がかかるばかりか、事故を誘発することにもなりかねない。なにより日ごろの手入れが大切だ。

 つづいて積みあげ作業だが、これは見た目より重労働。まずは斜面に建っている母屋の軒下まで、割った薪を移動させねばならないが、そのため軽トラックが大活躍する。古びた4駆車で、しかも車検なしだから敷地内しか走れないが、この荷台に薪を放り込み、軒下まで運んでは、一本一本積みあげてゆく。

P1240656 割ったばかりの薪はかなり重く、一本2㎏ほどもある。この薪を1日に平均12本、1年に120日間燃やすと仮定すると、合計1440本。重さにして2880㎏(2.8トン)になり、これを一本ずつ手作業で移動させるわけだ。軽トラが入れないデッキの軒下には、いったん手押し車に移し替えて運ぶことになり、この積み替え作業がけっこう面倒かつ大変で、毎年のように腰を痛めてしまう。

 しかし、あんがい嫌いじゃない。こつこつ積みあげる作業は、小説の執筆に似たところがある。執筆の場合、読み返して削ることもあるが、薪の積み込みはそんなことはない。高々と積みあげた様子は、アインシュタインが言う「結果がすぐわかる」作業ということだろう。眺めるだけで気持がいい。
18-2
 そうして積みあげた薪は、母屋をぐるりと一周。それでも足らずプラパレットを利用した薪置き場をつくり、ついには山羊小屋の軒下まで占領している。
 そのブロックごとに割った年を書いておき、古い順に燃やしている。かれこれ3、4年分は確保したろうか。これだけあればひとまず安心だ。すると、
「預金通帳の0が一桁増えるよりうれしいわ」
 とウチの奥さんがしみじみ言ったりする。

薪割り(1)

P1240599「薪割りは二度暖まる」
 と語ったのはソローだったか、カーネーギーだったか。薪を割れば身体が暖まり、ストーブで燃やしてまた暖まるというわけだ。それで料理すれば「三度暖かくなる」とするアメリカの諺(ことわざ)もある。

 薪を割って暖まるとなれば冬の話だろうし、冬支度のイメージとしてよく紹介されている。しかし、寒い最中に割った薪をそのまま焚くことは、わが家ではほとんどない。割ったばかりの薪は、よく燃えないし、煙が多くて煤がたまりやすい。タール分やクレオソートが付着して、煙突つまりの原因となり、掃除を怠れば煙道火災の危険すらある。

 枯れた冬に切りだした薪の原木は、春に割り、梅雨前には雨の当たらない軒下や薪小屋に積み上げておく。そうして次の冬になれば、まあまあ使える薪になるだろう。わが家ではもう1年間、よく乾かしてから焚くようにしている。
 薪にするのは広葉樹にかぎり、原木は大体購入しているが、たとえば今年のように「もらったり拾ったり」で入手することもあり、先日、一気に片づけてしまった。

 それにしても薪割りは大仕事だ。しかし、けっこう人気があり、これがために田舎暮らしを選んだ人がいるくらいだ。
「薪割りを好む人が多いのは理解できる。この仕事は結果がすぐわかる」
 アインシュタインがそう言ったそうだが、薪割りを単純な仕事と見ていることがみえみえで、あまり好きな言葉ではない。

 薪には割りどきや割り方があり、たぶんアインシュタインは「木元竹末」という言葉を知らないのだろう。木は元(根元)から、竹は末(梢)からのほうが割れやすい、という教えだが、なぜそうなるかを考えたとき、私にとっては「相対性理論」と同じほどにむずかしい。
 またストーブにあわせて玉切りしたあと、三日ほど経ってから割るほうがよい。切り口に小割れが走っているのは、乾燥して内部応力があらわれたからだと聞いたことがあり、割れにそって斧を入れてやれば、当然よく割れる。ただし、あまり乾かしすぎると、切り口が固くなって割れにくくなる。

 木の種類によっても割れ方がちがう。ナラやクヌギはよく割れ、クリは見かけは固そうだが、だらしがないほどスパッと割れてくれる。サクラやケヤキはかなり手こずることが多い。木の繊維が入り組んでいるからだが、森深くで育ったものはあんがい割れやすい。風のあたりが弱いせいだと聞いたことがある。成長の仕方も割れに関係してくるわけだ。

 もちろん道具にもよる。斧(おの。ヨキとも呼ばれる)が一番いい。刃先幅がひろい鉞(まさかり)は、するどい刃先が食い込むだけで薪は割れてくれない。伐採やはつり用の道具なのだろう。とにかく刃先が鈍角で重い斧がむいているが、重さがある分振りあげるのが大変、ということになる。

 振りあげた斧は一気に振り下ろす。そのさい小割れを正確に狙い、木目に刃の向きを一致させる。これを刃筋と言い、当たる瞬間に手の内を締めると、たとえ埋もれ節があっても刃筋は狂わない。というような体験を短編小説に書き、電子書籍でも配信したが、それはまったくの余談。


 そうした薪割りを20年間つづけたが、70歳近くなった数年前、とうとうエンジン薪割り機を購入した。オークションで手に入れたもので、格安な中国製だけに不具合が多く発生したが、曲がりなりにも使えている。動作は遅いが、27トンという強力なもので、節の部分でもむしるように割れてしまう。これで楽になったのは事実だが、「木元竹末」なんぞはまるで関係なくなった。

 つまりわが家の薪割りは、いまやアインシュタインがいうところの「結果」だけの作業と成り下がってしまっている。……つづく。

やぎ糞堆肥

 あるいは時期遅れなのかもしれないが、わが家の堆肥づくりは、毎年、春にさきがけた仕事として行なっている。やぎ放牧場に立っているケヤキの落ち葉と、二匹のやぎ糞を利用した堆肥で、毎年の畑仕事に利用しているのだ。


 セルフビルドしたころには直径15センチほどしかなかったケヤキだが、20数年も経つとかなり大きくなり、わが家のシンボルツリーとしての存在感を十分発揮している。そのぶん落ち葉も大量になっているわけで、毎年の落ち葉掃きのころになると、ついつい梢を見あげてため息がでる。
「いっそ伐採して薪にするか」
 とつぶやいたりするのは、年々、身体にこたえる作業になっているからだろう。軽トラック二台分ほどもかき集め、やぎ小屋近くに積み上げておき、雨ざらしのまま冬を越す。

 本来なら、積み上げたところに水を十分そそいで「踏み込み」をすると、早く腐葉土になるらしいが、急ぐ必要もないのでそこは省略。
 冬の間に貯まりにたまったやぎ糞と落ち葉に、発酵促進剤のコーランに米糠を混ぜたものを交互に積んでゆく。コーラン1に米糠5倍との割合らしいが、このあたりも適当。
 初めのころは、やぎ糞、落ち葉、コーランだけて積み上げていたが、3年ほど前から少量(やぎ糞の三分の一ほど)の土を加えている。土にふくまれている土壌菌も利用する方法らしく、このほうがよく発酵するようだ。

 またビニールで覆ったほうが発酵がすすむようで、50~60℃の温度に達したら切り返しをして空気にふれさせるのだが、それも適当。温度は測らないほうが多く、夏までに2~3度気がむいたら行なっている。そのさい過リン酸石灰を加えよ、と書いた資料もあったが、余計なような気がして使ったこともない。

 こんな調子のほとんど適当仕様の堆肥づくりだが、秋をむかえるころには、ほとんどの落ち葉は原型をとどめていない。つまりは腐葉土化したのだろうと、これまた適当に判断して、その年のニンニク植え込みから肥料として使用している。
 まったりと寝そべっているやぎを見れば、紛うことなくニンニク体型。そのせいか、わが家のニンニクは味も量もなかなかの出来で、かなり料理に使うほうだが、ほとんど買うことなく収穫をむかえることが多い。
8324270aeee415a1d613b845843c10b2P1240497