昔年の施工ミス

 いずれやらねば、と思っていた懸案にやっと手をつけた。ひどい風雨のときだけだった下屋の妻壁からの雨漏りが、このところ頻繁におこるようになった。外壁に丸太部分が露出したため、妻壁側との防水が完全ではなかったらしい。
 あきらかに20数年前のセルフビルドに原因がある。それと知りながら修理を後のばしにしてきたのだが、デッキ屋根架け用の足場があるうちに工事することになった。

 カネ勾配屋根に切り目を入れ、雨除けを立ち上げて新しい壁をつくる。といった工事になるわけだが、屋根材のステンレス板切断という鈑金工事はもちろん、外壁のサイディング工事などの経験はまったくない。すべては専門家におまかせするしかない。下手に手をだして昔年の失敗に上塗り、というのでは笑い話にもならない。

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 ……じつは先週、新しいデジタル本『山羊と提督』を配信しました。この紹介を忘れるというのは、このサイトの目的からは本末転倒。ちょっとミスった、と笑ってすませちゃいけないはずだが、さらなるミステイクが発覚、という話が次回につづきます。

コロ薪小屋

 カレンダーをめくって、さて、という気分になってきた。暑さのピークが過ぎて涼しくなったが、やれやれ、と思う間もなく寒さがやってくる。そうした日光地方に25年も住んでいると、冬支度というには早過ぎるが、なんとなくそわそわしてくる9月なのだ。

 屋根を架けたデッキ西側が薪置きスペースになったので、敷地の隅に積んである薪を移動させた。この仮設の薪小屋は、プラスチック・パレットにインゴ(材木の隠語…一寸五分角)を差して薪止めとしたもので、最下部に空間があるので湿気を呼ばずに保管できるところが気に入っている。

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 薪を移動して積みあげるのは、なかなか大変な作業、と前に書いたことがある。薪を積みあげたデッキや軒下には、距離にして6~70メートル、勾配6メートルほどの坂道を運ばなくてはならない。そのため車検なしの軽トラが大活躍する。
 軽トラに放り込んだ薪は、手押し車に積み替えて運び、たかだかと積みあげる。そうして1年間以上乾燥させてから焚くことにしている。

 コラージュ写真の中央に、揃えて切った薪と不揃いの薪が映っている。原木をストーブサイズに切ると、かならず端切れができる。曲がりや節で割れない部分もあるが、薪として燃えないわけではなく、コロ薪と呼んでけっこう重宝して使っている。

 軽トラ2台分ほどのコロ薪を、北面軒下に近い小屋に運び入れた。14,5年も使っている小屋で、そろそろ床が抜けかかっていた。どうやら来年には、このコロ薪小屋の建て直しになりそうな気配だ。

 ちなみに薪スペースや軒下に積みあげた薪は、ブロックごとに分けて年号が書いてあり、今度の冬は、’14年に割った薪の残りと’15年薪を焚くことになる。それをふくめて2年半分の薪ストックがあるが、この冬に薪の原木が手に入るかどうか心配している。

フッ素樹脂再加工

フッ素樹脂再加工

 わが家にはV社の鍋がいくつかある。ステンレス製の何種類かは、把手が熱で変形したり、壊れたりしたが、部品をとりよせて交換したことが何回かあり、そこを気に入って、もう20年以上も使っている。
 そうしたV社ならと、数年前にフッ素樹脂加工のフライパンを購入してみた。油が少なくても焦げ付かないというのは、じつに気分のいいもので、一度使ってしまうともう戻れず、耐久性のなさを承知で、何度か買い換えたおぼえがある。多少高額だがV社なら、と期待しての購入だったが、やはり数年しか持たなかった。

「値段を考えたら、安い物を頻繁に買い換えたほうがいいかも……」
 と思ったりしたが、フッ素樹脂を再加工する方法があるのを知り、一度試してみるのもわるくないと考えた。なんでも試してみないと気がすまない、というわるい癖が頭をもたげたのだ。

 樹脂を焼き付けるため把手を外さねばならない。加工メーカーで外してくれるが、もちろん加工費がかかる。ビスで把手を止めてあるV社製品なら簡単な作業で外せ、鍋の部分だけをここに送ればよい。
 

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 やや高額だったV社製品も最近はかなり安く売られている。送料を使い、料金を払って再加工するのと大して変わらないだろうが、少なくとも使えないフライパンがゴミになるのを防げるだろう。
 そうした古いフライパンが作業場の片隅に転がっているのは、わたしの〝もらったり拾ったり癖〟のせいなのだが、精神衛生上あまり気分がよくない。
 再加工して3ヶ月ほど経過したが、使い心地は新品とかわらない。何年使えるか楽しみにしている。

合間のジャガイモ

 梅雨の合間に……、いや、正しくは屋根架け工事の合間をぬってジャガイモを収穫した。購入した種イモ(メイクイーン)と発芽した食べ残しイモを植え込んだのは、たしか4月ごろだったはずだが、黒マルチもせず、その後の忙しさにかまけて草取りも土寄せもせずに放置しておいた。

 花が咲いているのは見てはいたが、気がつくと雑草にすっかり埋もれてしまっている。
「こいつは駄目かもしれん」
 と落胆しつつ試しに掘ってみると、ちゃんとイモが育っている。
「いやいや、健気なものだ」
 とやたらと感心しながら収穫した。

 雑草をかき分け、枯れたイモの茎を探していると、奇妙なものを発見。
「これはなんだ。おいおい、トマトか」

 調べみると、どうやらジャガイモの実のようだ。結実したのは食べ残しイモのほうで、種類はわからない。どうも男爵イモではなかったように記憶しているが、ネット情報では「ホッカイコガネ」「キタアカリ」などによく実がつくらしい。

ログスクール

 先週、隣村のウッズマンビレッジで、ログスクールが開かれていた。アラン・マッキー氏が第1回目を開講したのが1986年というから、30年も前のことだ。ちょうど田舎暮らしを考えはじめたころのことで、「ログビルディングを習うのもわるくないな」と、かなり真剣に思った記憶がある。
 しかし、指導するのがカナディアンタイプのログハウスだったので断念、という経緯は長くなる話なのでいずれまたにする。
 デッキ屋根架けの合間を盗み、電子書籍などほったらかして見学したが、その感想を書きはじめると、なんだかうらやましくなってきたのでやめにして、写真だけをならべておく。

自給ってわけではないけれど……

 春が遅い土地柄だが、さすがに遅霜の心配はなくなり、集落で唯一の田圃の田植えもおわった。となればデッキ屋根架けのログ作業にかかりっきりというわけいかず、一時休止して合間の農作業……。


 4月に仮植えした里芋は、ようやく芽が顔を出しはじめた。いくつか腐ったが、一応発芽はしている。寒さによるもので病気ではないとは思うが、もう10年近くも更新している。そろそろ元気な種イモの導入を考えた方がいいのかもしれない。

 ズッキーニ、コリンキー、枝豆の苗も順調に育っている。ま、種子会社から購入した交配種なので発芽率はいいし、育てやすいが、種は一代かぎりで、毎年買わなくてはならないのが気に入らない。

 バターナッツやピクルス胡瓜は自家採種している。ピクルス胡瓜をはじめたのは6,7年前になるだろうか。ネットで見つけたイタリアかスペイン産だったかの種で、10粒ほどで800円ほどもしたが、自家採種できると説明書にあったのが購入動機。いらい毎年、いっそ売り出すか、と考えるほどの大量な種子を採っている。
 ちなみに登録種苗は、個人的に種を採るのは認められている。だが、たとえ無償であっても配布するのは禁止されており、種苗法違反は個人の場合300万円以下の罰金だそうだ。

 試みに去年、一昨年の種を蒔いてみたが、発芽率はどちらも変わらなかった。種は一体、何年保存できるのだろう。縄文遺跡から発見されて、みごとに発芽した「大賀ハス」の例もあるけど、保存次第ということなのか。
 いずれにしろ「手種(てだね)」があるのはチョット気分がいい。

P1250027 ピーナッツの栽培目的は二つ。「茹でピーナッツ」のおいしさといったらないのだが、生豆となると販売がかぎられ、いつも買いそびれてしまう。また奥さんの山羊ブログのコメント(なんと米国フロリダかノースカロライナから)に「ピーナッツ・ヘイ」を山羊餌にしているとあったらしい。そこで寒冷すぎてあまり収穫はのぞめないながら、あえての強行栽培。

 山羊餌用のイタリアンライグラスは固くなりすぎたので刈り倒し、バックフォーでざっと耕してサツマイモでも植えてやろうか。もちろんサルやイノシシに荒らされてイモの収穫は望めないけど、山羊餌の蔓ぐらいにはなるだろう。残ったサツマイモで苗を生やしてみようかと思っている。


 ログ作業の合間の農作業。そんなこんなで作家作業はまるでご無沙汰だ。

巣立ち待ち

「どう? もう天井張れた?」
「いや、それがさ……」
「高いから、足場組むのが大変だったろう」
「なに、足場はもう組み上がっているし、大部分は張れたんだけど、残りはちょっと待ちなんだ」
「待ち? なにを待ってるの」
「巣立ち。鳥のね」
 というような会話を、ずっと以前にログハウスのセルフビルダーと交わしたことがある。よくある話なのだ。

 およそは山の中、森の中。ほとんど人は通らないし、町の喧噪もなければ大気汚染もない。ときおり聞こえるのは、吹き抜ける風にゆれる木の葉の音だけという場所に、わざわざ住もうという人間も酔狂なものだが、おかげで蛇や猛禽などの天敵も近づかない。子育てには絶好の環境だ。

 と野鳥たちは思うのだろう。建築中のログハウスに巣作りされて、仕方なく作業中止に追いこまれることがしばしばある。
 天井近くの梁や母屋に作ることが多いのだが、手製したクレーン塔のなかで小鳥がバタバタしている、と赤城山のビルダーから聞いたことがある。補強のために張った板に穴をあけて落ち込んでしまったのだ。

「キツツキさ。中が空洞だから、虫がいると間違えたんだろうね。仕方がないから板を外して逃がしてやったさ」


 デッキ屋根架けのため、丸太ポストの刻みをはじめた。まだデザインの全容は決まっていないが、既存デッキに差し込む部分なら先行製作できる。そうして何本か刻み終えた丸太の近くで、チチッと鳴き声が聞こえ、黄色いものが眼のすみを横切った。それで気がついた。
「あ、キセキレイ、まずいぞ」

セキレイK03 毎年のことだが、デッキ上の梁にキセキレイが巣作りをする。あちこち飛びまわって枯れ草やワラやらを集め、放牧場の柵に引っかかった山羊の毛をくわえたりして巣をつくる。
 卵を産み、抱卵し、孵化して巣立つまでひと月ほどもかかるだろうか。卵や雛を狙う蛇さえ気をつけていれば、別段、悪さをするわけではないので、そのまま見守ることになる。しかし去年の巣は、屋根を架ける梁に作られていたわけで、ことによれば作業延期ともなりかねない。


 さっそく点検したが、さいわい卵はなかった。巣は撤去して一件落着。

 そんなこんなで慌ただしく、配信予定のデジタル作業がまるですすまない。つい先日、ボイジャー社のRomancer「いろいろ情報」に紹介されたりしたので頑張りたいが、校正読みをしてもちっとも集中できないでいる。

竹の子掘り

川岸の竹林に竹の子が顔を出しているのをみつけた。例年だったら連休明けのころなのだが、すこし早い。やはり今年は暖冬だったようで、早速にも、裏山の竹林を点検せねばならない。

わが集落で採れる竹の子は、土質のせいか、気候が関係するのか、エグミがほとんどなく、とてもやわらかい。移住したての20数年前の頂戴もので、その美味しさにおどろいたものだが、現物を見てさらにびっくりした。

土間にごろんと転がった竹の子は、長さ50~60センチもあり、その先端には青々とした竹の葉まで生えている。皮をむいた中身も青みを帯びていて、ほとんど青竹状態。それを大釜で茹でただけで(アク取りの糠も使わずに)やわらかになる、というのだからちょっと信じられなかった。

ふつう竹の子掘りと言えば、地面のひび割れを見つけ、そこから顔を見せたか見せないかのころ、折らぬよう周囲を慎重に掘りすすめて採るものだ。ところが土地では、大きく成長させたあと、根元のあたりをバッサリ切ったり、あるいは蹴っ飛ばして折ったりする。「竹の子掘り」ならぬ「竹の子折り」だが、それでも十分美味しいのだから問題はない。

そうした美味しさを山に棲む彼らが放っておくわけがない。入れ替わり立ち替わりして竹の子掘りに精を出すようで、遅くに収穫する人間さまはそのおこぼれを頂く、といった案配になり、年によっては収穫ゼロにもなりかねない。

 

さて今年はどうか、と竹林に登ってみる。とんがり帽子があちらこちらに顔を出しているが、よく調べると、それと同数ほどの竹の子が食べられてしまっている。しかし、今年の出来はわるくない。暖冬のせいで育ちが早かったの幸いしているようだった。

P1240776大きくほじくり返しているのは、たぶん猪だろう。まだ土から顔を出していない竹の子を、するどい嗅覚で探りあて、鼻先で土を掘り起こすらしい。

 

 

 

P1240784一方、先端が囓り折られているのは猿の仕業だ。一番やわらかで甘みの強い先端部をひと囓りして、ポイと捨てるのが彼らのテーブールマナー。

 

 

 

つづいて人間さまの番だが、竹の子掘り用の鍬(ばち鍬)などは持ち合わせていないので、剣先スコップを利用して掘り起こす。やわらかそうなものを選び、根元のあたりに差し込んで、グイとこじればすぐ採れ、5,6本もあれば十分だ。

P1240825世間よりかなり遅い春の恵みだが、お定まりの竹の子ご飯、煮物、あるいは中華風にしたりと、独特の甘みと歯ごたえを連日のように楽しむ。今日のお昼には、炒めてラーメンの具として利用したが、そろそろ飽きてきた。冷凍できるとネットに書いてあるので、要研究か。

杉伐採

すっかり失念でした。二回にわけた「薪割り」の投稿、予告ではケヤキを囲炉裏では燃やさない、という事象について書く予定で、そのためすこし調べもしたが、けろりと忘れてしまった。驚いたことに都市部に多いケヤキ並木の落ち葉処理に、やっかいな問題が持ちあがっているらしい。しかし、これについては改めて書くということで、ご勘弁ねがいます。


ところで懸案だった杉2本を伐採した。県道からの入口付近に立っている樹齢50年ほどの杉は、冬の間、デッキや放牧場に大きな日陰をつくってひどく冷える。その度に「いっそ伐採するか」と考えていた。
しかし、伐り倒すには場所が狭すぎる。もちろん伐採用重機を頼んだり、大型クレーンで吊りながら伐採という方法もあるが、それを準備するだけで7~10万円の費用はどうしてもかかってしまう。
聞くところによると、樹高メートル×5,000円で伐採を請け負う業者があるようで、ここに依頼すると約15メートル×5,000円×2本で、
「え? 15万円? ご冗談でしょう」
と、つい大声が出てしまうような結果になる。

そうしたところに放牧場の柵が腐りはじめ、修理せねばならなくなった。そこで考えたのが、いっそ放牧場を狭くして伐採場所を確保する方法だった。
その一方でデッキに屋根をかける計画が前からあった。2×6防腐材を使用するデッキ床の張り替えは、4、5年後には必要になるはずだが、こちらは70歳超の年齢。映画「カサブランカ」のハンフリー・ボガートじゃないけれど、
「そんな先のことは考えられない」
今のうちに屋根を架けてしまえば20年間は大丈夫か、などとも考える。つまり「終活」の一部分というわけだ。

そこでまたまた考えた。まずデッキ屋根架けのため部分解体し、そこから出た防腐木材を放牧場の柵に転用する。広くなった放牧場にむけて杉を倒し、その杉を製材してデッキの建築材に使用する、といったケチケチ・サイクル。はたしてうまく機能するかは、結果をご覧じろ。屋根架け工事のすすみ具合とあわせて逐次ご報告することにしておこう。


そんなわけでデッキ部分解体、放牧場減築はすでにすませ、いよいよ杉伐採と相成った。が、さすがにこれには手が出せない。丸太はさんざん切ったり刻んだり、製材したりしたが、伐った経験、つまり立木伐採の経験はないのだ。
そこで隣家のプロ(立木伐採士)に半日のアルバイトをお願した。すでに引退しているが、そこはそれ経験豊富で、ピンポイントの方向に倒してくれる。
まず倒す方向に「受け口」を切り、反対側から「追い口」を入れ、「つる」と呼ぶ直径の4分1ほども切り残したあと、追い口に「くさび」をたたき込む、という手順だそうだが、今回はアームの長いバックフォーで押して倒す。このほうがずっと安全なのである。

P1240680一本目はほぼ完璧。ただし広げた放牧場の柵にあと1メートルほどと際どかった。斜めに成長していた2本目は、やや右にずれたが支障なく倒木。こちらはバックフォーを操作しただけだが、ひどく緊張。そのせいか写真がすくないので、奥さんのブログをリンクしておきます。

P1240712ちなみに切り株は抜根しない。そのため長めに伐り残し、椅子ふうに加工しておいた。買い物帰りにちょっと一休み、といったための用意で、これも「終活」のひとつと考えてもらっていい。

と書いてまた忘れるところだった。今月配信した「乱の裔」の紹介です。徳川家康が仕掛けた大坂城攻めに、足利幕府の末裔が大活躍する、痛快な長編戦国小説です。

乱の裔

薪割り(2)

「田舎暮らしをするについて、一番大切な作業とは……」
 と聞かれたら、そくざに「薪割り」と答えることにしている。じっさい日光で暮らした20数年間、小説を仕上げられなかった年は何度もあったけど、薪割りを欠かしたことは一度もない。
 冬の間、寒さに凍えて閉じこもり、たるみにたるんだ身体をチューンナップするには、年に一度の「薪割り」ほど性に合った作業はない。いや、なかった、と言い直すべきか。エンジン薪割り機の導入でかなり様相が変わったのだ。

 原木を玉切りし、斧で割り、軒下や薪置き場に積みあげる。こうした一連の作業で一番大変だったのは、やはり「薪割り」だったろう。全体の60%を占めるほどの作業量だったように感じる。しかし、薪割り機の導入でずいぶん楽になり、感覚的には半分ほどになった。
 たった半分か、と思われるむきもあろうが、なにしろ300㎏超の機械だけに移動するだけでも一苦労だし、エンジンやら何やらの手入れもあり、なにより玉切りした丸太を割り刃にセットしなくてはならない。
 わが家の薪割り機は縦置きになるため、丸太を転がしてセットできるが、横置き専用機となれば、10~20㎏はある丸太をいちいち台上に持ちあげることになる。これがひどく大変で、腕力のない私にはとても無理。薪割り機を導入されるさいには、この点も留意する必要があるだろう。

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 そうしたわけで薪割り機導入後の作業量は、玉切り、薪割り、積みあげ、それぞれ三分の一といった感じだ。そこから考えるに、一連の作業を「薪割り」とひとくくりに呼ぶのは適当ではなく、あるいは「薪づくり」とでも称すべきかもしれない。

 玉切りは、ひとえにチェーンソーの性能による。キャブレーターやエアフィルターの掃除を怠れば、エンジンを起動させるだけで一汗かいてしまう。むろん目立てがわるいと、切断に時間がかかるばかりか、事故を誘発することにもなりかねない。なにより日ごろの手入れが大切だ。

 つづいて積みあげ作業だが、これは見た目より重労働。まずは斜面に建っている母屋の軒下まで、割った薪を移動させねばならないが、そのため軽トラックが大活躍する。古びた4駆車で、しかも車検なしだから敷地内しか走れないが、この荷台に薪を放り込み、軒下まで運んでは、一本一本積みあげてゆく。

P1240656 割ったばかりの薪はかなり重く、一本2㎏ほどもある。この薪を1日に平均12本、1年に120日間燃やすと仮定すると、合計1440本。重さにして2880㎏(2.8トン)になり、これを一本ずつ手作業で移動させるわけだ。軽トラが入れないデッキの軒下には、いったん手押し車に移し替えて運ぶことになり、この積み替え作業がけっこう面倒かつ大変で、毎年のように腰を痛めてしまう。

 しかし、あんがい嫌いじゃない。こつこつ積みあげる作業は、小説の執筆に似たところがある。執筆の場合、読み返して削ることもあるが、薪の積み込みはそんなことはない。高々と積みあげた様子は、アインシュタインが言う「結果がすぐわかる」作業ということだろう。眺めるだけで気持がいい。
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 そうして積みあげた薪は、母屋をぐるりと一周。それでも足らずプラパレットを利用した薪置き場をつくり、ついには山羊小屋の軒下まで占領している。
 そのブロックごとに割った年を書いておき、古い順に燃やしている。かれこれ3、4年分は確保したろうか。これだけあればひとまず安心だ。すると、
「預金通帳の0が一桁増えるよりうれしいわ」
 とウチの奥さんがしみじみ言ったりする。