コラージュを作る

ウェブサイトの記事には写真が多用されている。当ブログも例外ではないが、複数の写真をコラージュして掲載することが多い。カメラマンだったころ、ルポルタージュの仕事が多かった名残りなのかもしれない。

決定的瞬間を写し撮るのは写真の醍醐味のひとつだが、何枚かの写真を組み合わせる“組み写真”が好みで、そうした仕事を選んでいたようだ。いま改めて考えてみると、組み写真と小説はどこか似ているような気がする。

厳密にいうと組み写真とコラージュは違う。コラージュはフランス語で糊付けの意味であるように、複数の写真を固定して一枚の写真として扱われる。たとえばブログなどで容量制限のある場合に有効だし、電子書籍のリフロー型に使えばレイアウトの崩れを生じない、などの利点があるわけだ。

フェブ上に無料で使えるコラージュソフトがいくつもある。Fotojet、Fotor、 PhotoPadの三つをよく使い、とくにオンラインで使えるFotojetは、インストールの必要がないので気楽に使える。

Fotojetを起動させる。
→メールとパスワードを登録する。
→クラッシックコラージュを指定する。、

 

 

①の設定をクリック→言語→日本語を指定する。

レイアウトを指定する→パソコンから写真を追加する→好みの場所にドラッグ&ドロップ

写真枠の太さ・丸みが変えられる。

保存をクリック→名前・品質・サイズを指定→保存。

そのほかテキスト入れなども出来るようだが使ったことはなく、Fotorや、 PhotoPadにもいろいろな機能があるので試すとよい。

ちなみに配信済みの『山羊と提督』では、コラージュ写真をこんなふうに使ってみた。レイアウト崩れなしに5枚の写真がきれいにおさまっている。

結露20年か

 そろそろ足場の撤去か、と考えていたときの漏水だった。二階北面の書斎横のトイレの天井から、ぽたぽたと水が落ちてくる。量はワン・フィンガー(古い!)と大したことはないが、雨も降っていないよく晴れた日に二日もつづけて……。こりゃ何事だ……??

 とりあえず足場撤去は延期して、鈑金屋さんに電話をかけまくる。さいわいストーブの煙突塔を作ってもらった鈑金屋さん(川ちゃん)が手が空いていて飛んできてくれた。
「雨漏りが凍り、晴れて解けだしたのかもしれませんね」

 まずは足場作りからはじめたが、初日はこれで終了。本格作業は明日からということになるが、なにせ北面屋根だけに、霜が降りた朝のうちは危険すぎて登れない。
 お昼近くになって作業開始。もし雨漏りだとすれば、カネ勾配と4寸勾配をつないだ妻壁あたりと目星をつけていたが、横葺きのステンレスを剥がし、敷いてあるアスファルトシングルを取り除いてみても雨漏りの痕跡はまったくない。

「ここじゃないとすると……」
 と漏水付近のステンレスを剥がしてみる。野地板がしっとり濡れている。
「結露です。よくあることでさして問題はありません」
 すると漏水の原因は何だ? 野地板を剥がしてみることにした。

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 ちなみにわが家の屋根には、野地板と天井板の間に現場発泡ウレタンを吹き付けてある。60㎜ほどの断熱層だが、結露水はこのウレタンに阻まれて天井板まで届かないはずだ。現に野地板を一列だけ(合板じゃないのが幸いした)剥がしてみても、ウレタン表面に濡れた感じはない。

 はて? どうしたものか、と首をひねりつつ少し奥まで手を差し入れてみると、ピチャッと水の感触。指で探ってみると、ウレタン層の凹み部分に2㎝ほどの深さに水が溜まっている。写真は撮れなかったが原因はこれだろう。

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 結露した水は、ウレタン層を軒にむかって流れ、その途中でほとんどが蒸発する。ところがウレタン層の凹みにすこしずつ溜まり、限界を超えると、表面張力で盛り上がった水(ワン・フィンガー分)が流れて漏水する……という結論に達した。
 溜まり水(あるいは20数年分か)を取り除き、水が溜まりそうな凹みに発泡ウレタンを吹き付けておいた。いまのところ漏水はない。

a15-00 好評与一郎シリーズ第六弾は、いよいよ電子本のみの配信です。8月からはじまったAmazonのKU(キンドル・アンリミテッド)でもお楽しみいただけます。

お稲荷さんの真鯛

 鎮守稲荷の収穫祭があったらしく、隣家の氏子役からお供えの真鯛をいただいた。やもめ暮しで調理の時間がないのか、はたまた持て余したか、ともあれ参列も寄付もしなかったのだけど、ありがたく頂戴した。

 普通なら塩焼きか鯛飯にしたいところだが、お供えだから一日ぐらいは常温に置かれたはずで、下ごしらえのあと入念に水で流した。腹の中に塩コショウしてしばらく置き、自家製ニンニクたっぷりのオリーブオイルで両面強く焼き付けたあと、白ワイン、トマトを入れ、これまた自家製のサフランでよく煮付け、仕上げにデッキのパセリをみじんにして散らした。言ってみればアクアバッツアのサフラン味といったところ。
 これにアサリかムール貝を入れると、より濃厚な出汁がくわわって絶品の味になる。そうそう、前回話題にした海辺キャンプのころだったら、浜辺の岩にはりついたフジツボかカメノテを入れたくなるところだ。

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p1250931 食卓に出したら、ひょいと横からカメラが顔を出した。どうやら奥さんのブログネタにもなったらしい。二回つづけて料理じゃつまらん、とこちらは遠慮するつもりだったが、ネタ切れで強行掲載とあいなった。

 立てつづけに配信している与一郎シリーズも5作目。8月からはじまったKU(Kindle Unlimited)では好評のようで、尻上がりに既読ページが増加しています。
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初挑戦「そら豆」

前々から考えてはいたが、何となく手を出し損なっていたのが「そら豆」栽培。秋に種を蒔くというのが素人農業者にはピンと来なかったし、一度も経験がなかった。なにより冬支度で何かとせわしい時期なのでついつい敬遠した。

いろいろ調べてみると、そら豆はきわめて風味が落ちやすく、収穫してすぐ食べるのが一番らしい。そうした採りたて野菜の美味しさは、都会から移住してきた者にとっては、カルチャーショックもので、家庭菜園をはじめる最大のモチベーションになっている。デッキ改造で背丈の高い「そら豆」も栽培可能ではないか、と思ったりしたのも挑戦原因のひとつ。

購入したのは「一寸そら豆」。乾燥してこの大きさだから一寸というのも誇大じゃない。「10月から11月にポットに種を蒔き、本葉4から5枚で本植えして冬越しする」とあり、寒冷地ほど遅蒔きにすること、とも書いてある。つまり苗の育ち過ぎは禁物らしい。

collage_fotor-01 とりあえず10月中旬に種を蒔いた。一週間ほどで発芽し、育ちも順調……と観察しつつも、すこしの育ち過ぎではないか、と思いはじめる。11月に入るころには本葉5枚を超えてしまい、この大きさで-10℃の冬をを越すのは無理かもしれない。

そこで11月7日ごろに残った種と、新たに「生食用のそら豆」も購入して蒔き、芽が出ないので発芽促進に透明キャップをかぶせてみた。簡易育苗箱のつもりだがどうなることか。
育ち過ぎの苗は寒冷紗をかけて12月初めに本植えする。一部はポットのまま透明キャップをかぶせて冬越しさせてみようか。

a13-00 こちらは芽吹いたばかりの電子本。はたして花が咲くの実がなるのか。それでもすこし好評な与一郎シリーズも4作目になり、セカンドシーズンの旗本編に突入した。

サフラン(洎夫藍)

 サフランが咲き始めた。8月に植え込んだ球根から2~3本ずつ発芽、順番に咲きだしてデッキを彩っている。秋咲クロッカスの一種で、赤い雌しべを乾燥させれば香辛料のサフランになり、重量単位で比べると、世界でもっとも高価なスパイスとも言われている。

 もともとは完成させた香辛料をサフランと称したが、いつの間にか花そのものをサフランとよぶようになったようで、江戸時代には生薬として伝わり、とくに女性の生理体系の薬として利用され、「番紅花」あるいは「洎夫藍」と表記された。

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 血液の代謝、循環に効果を発揮し、頭痛やめまいによく効き、肝臓にもいい。また最近の研究では、サフランの黄色の色素成分「クロシン」が、脳内の海馬を活発化させて、認知症やアルコールによる記憶障害を予防する働きがあるとわかってきたらしく、飲酒欲求とサフランの研究もすすんでいる。

a12-00 といった資料を読んだのは、ずいぶん前のことですが、さっそく取り入れた与一郎シリーズ第3作「家老脱藩」が配信されました。アルコール依存症に冒された主人公が様々な醜態を演じる、という破天荒なはじまりで、治療にあたった蘭方医が「洎夫藍(サフラン)」を処方したり、食事療法にサフラン入りしじみ汁(リゾット)が登場したりします。

サフランの秋

 カメラマンだったころ、一度取材したいと思いながら、とうとう行かずじまいだったのが大分県竹田のサフラン農家だ。
 秋が深まるころ、うす暗い納屋の中の何段もの棚の上には、栽培されたサフランの薄紫の花が咲きほこる。香辛料にする三本の雌しべを大急ぎで収穫すると、来年用の球根をそだてるため畑に埋めもどすのだが、そのさい花を摘んで捨ててしまう。すると薄紫のじゅうたんが竹田の里のあちこちに出現するのだそうだ。
collage-0a という話を思い出しながら、サフラン球根のオークションをポチってしまった。10個ほどで1,000円ほどだったか、そろそろ完成させるデッキで栽培してみるつもりだった。机の上に放置していても開花するというのだから間違いはないだろう、と植え込んだのは8月下旬ごろ。
 ひと月ほどしても芽吹く様子がまるでないので、わるい癖だが、ちょいと掘り返してみた。ちゃんと芽も根も育っていた。あわてて植え直したので、無事に発芽。花が咲くのは11月になってかららしい。

p1250622 もう一つの開花予想……。デッキに置いておいた「月下美人」につぼみが育っているのに気がついた。14、5年前、行きつけのお寿司屋さんでいただいた若芽を挿し木したら、みごとに根付いた。しかし葉が茂るばかりだったが、5年ほど前から花を付けるようになり、どうやら1週間後ぐらいには咲きそうな気配だ。

 

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 いよいよ好評与一郎シリーズの配信がはじまります。全部で6作品ありますが、3作品ずつの家老編、旗本編の合本も配信予定です。お楽しみください。

昔年の施工ミス

 いずれやらねば、と思っていた懸案にやっと手をつけた。ひどい風雨のときだけだった下屋の妻壁からの雨漏りが、このところ頻繁におこるようになった。外壁に丸太部分が露出したため、妻壁側との防水が完全ではなかったらしい。
 あきらかに20数年前のセルフビルドに原因がある。それと知りながら修理を後のばしにしてきたのだが、デッキ屋根架け用の足場があるうちに工事することになった。

 カネ勾配屋根に切り目を入れ、雨除けを立ち上げて新しい壁をつくる。といった工事になるわけだが、屋根材のステンレス板切断という鈑金工事はもちろん、外壁のサイディング工事などの経験はまったくない。すべては専門家におまかせするしかない。下手に手をだして昔年の失敗に上塗り、というのでは笑い話にもならない。

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 ……じつは先週、新しいデジタル本『山羊と提督』を配信しました。この紹介を忘れるというのは、このサイトの目的からは本末転倒。ちょっとミスった、と笑ってすませちゃいけないはずだが、さらなるミステイクが発覚、という話が次回につづきます。

杉伐採

すっかり失念でした。二回にわけた「薪割り」の投稿、予告ではケヤキを囲炉裏では燃やさない、という事象について書く予定で、そのためすこし調べもしたが、けろりと忘れてしまった。驚いたことに都市部に多いケヤキ並木の落ち葉処理に、やっかいな問題が持ちあがっているらしい。しかし、これについては改めて書くということで、ご勘弁ねがいます。


ところで懸案だった杉2本を伐採した。県道からの入口付近に立っている樹齢50年ほどの杉は、冬の間、デッキや放牧場に大きな日陰をつくってひどく冷える。その度に「いっそ伐採するか」と考えていた。
しかし、伐り倒すには場所が狭すぎる。もちろん伐採用重機を頼んだり、大型クレーンで吊りながら伐採という方法もあるが、それを準備するだけで7~10万円の費用はどうしてもかかってしまう。
聞くところによると、樹高メートル×5,000円で伐採を請け負う業者があるようで、ここに依頼すると約15メートル×5,000円×2本で、
「え? 15万円? ご冗談でしょう」
と、つい大声が出てしまうような結果になる。

そうしたところに放牧場の柵が腐りはじめ、修理せねばならなくなった。そこで考えたのが、いっそ放牧場を狭くして伐採場所を確保する方法だった。
その一方でデッキに屋根をかける計画が前からあった。2×6防腐材を使用するデッキ床の張り替えは、4、5年後には必要になるはずだが、こちらは70歳超の年齢。映画「カサブランカ」のハンフリー・ボガートじゃないけれど、
「そんな先のことは考えられない」
今のうちに屋根を架けてしまえば20年間は大丈夫か、などとも考える。つまり「終活」の一部分というわけだ。

そこでまたまた考えた。まずデッキ屋根架けのため部分解体し、そこから出た防腐木材を放牧場の柵に転用する。広くなった放牧場にむけて杉を倒し、その杉を製材してデッキの建築材に使用する、といったケチケチ・サイクル。はたしてうまく機能するかは、結果をご覧じろ。屋根架け工事のすすみ具合とあわせて逐次ご報告することにしておこう。


そんなわけでデッキ部分解体、放牧場減築はすでにすませ、いよいよ杉伐採と相成った。が、さすがにこれには手が出せない。丸太はさんざん切ったり刻んだり、製材したりしたが、伐った経験、つまり立木伐採の経験はないのだ。
そこで隣家のプロ(立木伐採士)に半日のアルバイトをお願した。すでに引退しているが、そこはそれ経験豊富で、ピンポイントの方向に倒してくれる。
まず倒す方向に「受け口」を切り、反対側から「追い口」を入れ、「つる」と呼ぶ直径の4分1ほども切り残したあと、追い口に「くさび」をたたき込む、という手順だそうだが、今回はアームの長いバックフォーで押して倒す。このほうがずっと安全なのである。

P1240680一本目はほぼ完璧。ただし広げた放牧場の柵にあと1メートルほどと際どかった。斜めに成長していた2本目は、やや右にずれたが支障なく倒木。こちらはバックフォーを操作しただけだが、ひどく緊張。そのせいか写真がすくないので、奥さんのブログをリンクしておきます。

P1240712ちなみに切り株は抜根しない。そのため長めに伐り残し、椅子ふうに加工しておいた。買い物帰りにちょっと一休み、といったための用意で、これも「終活」のひとつと考えてもらっていい。

と書いてまた忘れるところだった。今月配信した「乱の裔」の紹介です。徳川家康が仕掛けた大坂城攻めに、足利幕府の末裔が大活躍する、痛快な長編戦国小説です。

乱の裔

イモ、いも、芋。

 四月に入ってすぐ、ジャガイモを植え付けた。他の地方にくらべて遅れ気味のようだが、なにせ日光は春が遅い。せっかく萌芽したところを遅霜にやられて全滅したことが何度もあるので、気温の見きわめがとてもむずかしいのだ。
 じじつ一昨日には、マイナスまで気温が下がり霜が降りたし、そのまま暖かくならず今朝になっても薪ストーブを焚いているくらいだ。あせって早植え付けしていたら霜焼けに往生していたかもしれない。

 いま思い出したが、日光に移住したてのころ、発芽してしまったジャガイモを埋め込んだのが、初めての農作業だったような気がする。
 土をまっすぐ掘り返し、捨てる代わりに植えたようなもので、もちろん肥料なし、草取りなし、土寄せなどという知識もなかったが、小粒ながらもそれなりの収穫があったのだろう。たぶんポテトフライにしたはずだが、なかなか美味かった、と記憶している。

 それからはじめたジャガイモ栽培だが、種イモを購入したり、食べ残しを植え付けたりといろいろだし、別段変わった栽培方法もしていない。土壌のPH調整に薪ストーブの灰を利用していたが、震災いらい自家灰が仕えず、購入した貝殻石灰を使用し、30センチ間隔で種イモ、その間に肥料(鶏糞)をひとつかみ置いて覆土している。
 また黒マルチをかぶせることもあるが、発芽時期にマルチの穴開けが遅れ、ビニール熱で芽が焼けてしまった。そこで今年は稲わらマルチにした。当然、草取りをしなくてはならないが、ひょっとしたら猿害除けのため草ボウボウにしておくかもしれない。

 まだ観察中なのだが、どうやら猿どもに、畑の作物をばかりを狙っている気配がある。たとえばサツマイモは猿の大好物だが、ヤギ小屋の屋上緑化のため袋栽培したサツマイモは無事だったことがある。まさか屋根の上でイモが植え付けてあるなど思いもしなかったのだろう。
 また畑のはずれに捨てたジャガイモが発芽して、なおかつ見事に実ったのを目撃している。当然、整備された畑ほど収穫が多いわけだが、そのことを猿どもが学習したのかもしれない。だとするなら、ちゃんとした畑に整然と一列に栽培するのは、
「ここにイモがありますよ」
 と教えるようなものではないか、と植え付けながら思いついてしまった。そのための黒マルチ除外だったわけだ。
 ひょっとしたら草ボウボウにすれば、あるいは一列ではなくランダム植えにすれば、猿たちもよほど戸惑うのではないか、などとも思う。こうした叢生栽培もどきの猿害対策については、いずれお知らせすることがあるかもしれない。

 その点、里いもはいい。なぜか猿たちにまったく狙われないのだ。土地の人に聞いても、さあ、と首をひねるばかり。
「喰ったら口のまわりが痒くなるんでないかい?」
 ということになっていて各戸必ず栽培している。このあたりでは土垂れという品種が多いようだが、わが家では、「きぬかつぎ」にすると美味な石川早生を毎年つくっている。

 秋収穫したら親芋から外さず、そのまま地下室(または土の中)に保存しておき、春先バラバラにほぐしてポットに仮植え、日当たりのよい暖かな所に置いて「芽出し」をする。発芽するにはひと月以上かかり、芽が10センチほどになる6月ごろに本植えする。

 という準備作業の合間に「芋奉行青木昆陽」を配信しました。名奉行大岡越前守に見出され、甘藷(さつま芋)栽培に成功した青木文蔵が古書探索に出掛け、数々の難事件を解決する一話完結連作集です。

A5 芋奉行…

懐かしや古典技法

 カメラマンの修業時代に、デザイナー志望の仲間と「レコードジャケット」づくりに熱中したことがある。ただし仕事ではなく売り込み用のサンプルであって、あれやこれや工夫してつくりあげると、わずかなコネを頼りにレコード会社に持込んだりしたが、ついに一枚も採用されなかった。
 ビートルズがデビューした1960年代というのだから、やたら古い話なのだが、それを思い出しながら、いま電子書籍の「表紙」をつくるのは、すこしばかり懐かしく刺激的な作業なのだ。

 本というのは、とくに小説というものは、読んでみて面白かったから買うものではなく、面白そうだから買ってみるか、と思ってもらうものだ。そこで書き出しに苦労するのだが、「表紙」も同じような役目を持っているわけで、いわゆる「ジャケ買い」があるのだから、当然、「表紙買い」もあるだろうと期待しつつ作業している。

 私の「表紙」づくりはすべて写真を使い、選んだショットにタイトル文字を入れるだけだが、それだけに写真の選定には気をつかう。カメラマン時代のストック写真をスキャンして使ったりもするが、そうそうぴったりなショットばかりというわけにはいかず、新たに撮影することが多くなっているし、ときには合成したりもする。
 青色を強調した画面に蛍を飛ばそうと考えたときは、コピー機の節電ボタンの色合いがちょうどよく、わざわざピントをぼかして撮影した画面をフリーソフトのGINP2で合成(かなり苦労)してこんな画面にした。

 先日配信した「本多の狐」でも合成画面にするつもりだった。三ツ葉葵の写真を用意したり、狐の木割り人形を撮影したり、といった作業をパソコン前で進めているとき、ふとはるか昔の撮影技法を思い起こしたのだ。

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P1240222  映画撮影にスクリーン・プロセスという合成技法がある。俳優が必死に逃げる。その背後からライオンが「ガオー」と飛びかかる、などというシーンは、ほとんどスクリーン・プロセスが使われていた。自動車や客車のシーンで背景を動かしたりとかなり便利に使われ、スチール写真でも小物撮影などに利用したものだが、CGの時代となってすっかり忘れ去られた。

 強烈な映写装置と反射効率のよいスクリーンを必要とし、その手前で演じる俳優などへの照明がむずかしい技法だったが、スクリーンの代わりに液晶モニターを使えばじつに簡単。試したことはないが、4Kモニターならさらに鮮明になるだろうと期待できる。ひどく古典的な技法だが、フリー画像を利用すれば背景は自由自在。あんがい使えるかもしれない、と思った。

A4  黎明の風 合成技法はかように便利なものだが、じつをいうと私はあまり好まない。ついつい説明的かつ装飾過多になりやすいからで、「本多の狐」と続編「竜の見た夢」と2作つづけたあとの「黎明の風」では、一転して墨絵のような写真を選んだりしている。みなさんはどちらがお好みだろうか。