緊急パン焼き・ダッチオーブン

「ウソ、まじ?」
 と大声で叫んだ奥さん、いきなり立ち上がるとバタバタとキッチンに駆け込んだ。
「どうした、どうした」
「ガス、止まちゃった。パンいまから焼くところだったのよ」
 いましも発酵がすすんだパン種は、まるまると膨らみ、あとは予熱したオーブンに入れるばかりになったところでの緊急事態発生だ。

 わが集落のような山里では、かろうじて電気と電話だけ、というお粗末な社会インフラでの生活を余儀なくされる。テレビの地上波は映らないし、ようやく設備された水道も湧き水が水源で、住民が交代で塩素を管理する簡易水道という具合。もちろん都市ガスなどあろうはずもなく、ボンベ設置によるプロパンガスなので、ときとしてガス切れという事態が生じる。
 ガス屋さんにあわてて電話を入れたところで、さて、膨らんだパン種をどうするか。

 不便であればこそ様々に工夫し、多様な備えもできている。ならば、と持ち出したダッチオーブンは、ふつうならバーベキューやキャンプ用品だろうが、冬のこの時期、欠かせない調理器具だ。
 常に焚いている薪ストーブとの組み合わせは最強で、肉の煮込みに、ローストにと大活躍で、もう8年前になる、あの東日本大震災もこのコンビで乗り切ったのだ。

 薪ストーブとダッチオーブンによるパン焼きは、前々から一度試してみるか、と思っていたのでちょうどいい機会だった。まずはプレヒート(予熱)が必要だが、薪ストーブより直接炎があたるほうが早い、と判断してカセットコンロを使う。上蓋にのせる炭は、薪ストーブに放り込んで着火させた。

 発酵途中のパン種は、ベタベタとやわらかになっていて手では触れない。下に敷いたオーブンシートを一つずつに切り、火傷に注意しながらフライ返しで移したが、これがかなり難しい。しかも全部は入りきれないので、半分ずつ焼くことにして薪ストーブに乗せる。

 ちなみに使ったダッチオーブンには底部の突起がない。キッチンタイプと呼ばれているもので、薪ストーブの鉄板に密着するため安定がよく、熱効率が断然よい。上蓋に赤々と熾った炭火を載せたが、薪ストーブからの熱ではたして焼けるものか。全体に熱がまわりきらないのでは、と心配しつつ約20分加熱させた。

 そのころにはガス屋さんのボンベ交換がおわり、ガスオーブンでのこったパン種を焼けることになった。図らずもは焼き具合を比較できることになったわけで、ダッチオーブンの焼き色がやや浅めなのは、上の炭が足りなかったせいだろう。

 ともあれ薪ストーブでパンが焼けるのは、危機管理上かなり心強い。切ってみれば,膨れ具合や気泡の入り方に差はほとんどなかった。
 そのころになって気がついたけど、大きめのオーブンシートにパン種をのせて入れれば、火傷の心配せずにすんだかもしれない。