フィトン・チッド

 梅雨明け以降の天候不順に閉口している。気候学的にはオホーツク海高気圧の張り出しが強いため、北方の冷たい空気が流れ込み、太平洋側に雲がひろがりやすくなったということらしい。
 この気圧配置になると、冷たい寒流(親潮)の上を吹き渡ってくる東風が「やませ」と呼ばれ、東北地方に低温と日照不足をもたらして稲の生育に大きく影響し、あるいは1993年のような東北冷害となるかもしれない。

 わが家がある谷間でも湿った東風が流れこみ、8月に入って雨の降らない日がないくらいで、日照時間は平年の20パーセントほどしかない。
「涼しくて過ごしやすい」
 などと喜んでいたのは最初のウチで、そのうち家中がカビ臭くなってきた。

 丸太づくりに漆喰壁のわが家は、かなり調湿機能にすぐれているはずだが、90パーセント近い湿度が一ヶ月以上つづくと、さすがに湿気ってしまう。あちらこちらの掃除に精出していた奥さんは、とうとうサイクロン掃除機を新調したほどだ。

 ふと「ひのき効果」を思い出した。樹木の香り成分に消臭・殺菌、さらには精神安定効果があることはよく知られている。いわゆるフィトン・チッドの効果によるものだが、とくに「ひのき」に多く含まれている。

 例えばえのき茸栽培の瓶に「ひのきのオガクズ」が混入すると、菌が死滅してキノコがまったく生えないらしい。また「ひのきの林」には鳥が食べる虫が生息しにくいためバードウォッチングにむかない。あるいは「ひのきの木片」をいれたビニール袋で食パンや餅を保存すればカビが生えにくいという話もある。

 そこでベッドのすのこ板を「ひのき材」に変えることにした。それまでのすのこ板はホールソーで穴をあけた合板で、いずれ交換を考えていたのだ。
 使用したのは厚さ1寸×幅4寸の間柱材。流通材だけに比較的安く、もちろん節があってもかまわないわけで、寸法に切断して自動盤を通すだけだから、加工というほどのこともない。

 デッキ下の作業場にある2機種は、いずれも母屋建築にも使った古い道具だ。とくに自動盤は、銘木店だった地主さんから貰った中古品だが、それから4半世紀も壊れずに使っている。

 交換後の使用感はすこぶるよろしい。かび臭さは一掃され、寝付きがよくて眠りが深いように思われるのは、まぎれもなく「ひのき効果」なのだろう。
 以来、毎夜の森林浴を楽しんでいるわけだが、年に一度ぐらいは自動盤で削り直せば、薄まった香りも復活するにちがいない、と考えながら、
「それにしてもこのベッド、母屋より古いぞ。そろそろ作り直しかな」
 などと思ったりもしている。