「ここに積んだ150本だけど、なんなら注文流れにしてもかまわないよ」
との言葉にも気づかず、ただ茫然と丸太の山をみつめていた。眼前に高々と積み上げられた杉丸太は、セルフビルドするログハウスのために注文したものだが、今だったら中止してもいいんだよ、と言われているのだ。
そりゃそうだろう。2,3年前に近くに引っ越して、日曜大工用の材木を買いに来ていた都会者が、いきなりログハウスを建てると聞いてもにわかには信じられない。とりあえず注文された杉丸太150本は集めたけれど、あるいは後悔しているかもしれない。もしそうならこのまま製材にまわしたほうがいい、と思われたのだろう。田村材木店・先代社長の思いやりだ。
そのときどう返答したかは、なにしろ25年も前のことだから覚えていないが、その丸太で組み上げた家に住んでいるのだから、むろん注文流れにはしなかったわけだ。以来4半世紀、懇意にお付き合い願った田村材木店で、つい先ごろ無垢板マーケットが開かれた。
ちなみに先代社長はすでに第一線を退き、ふたりのご子息が経営を切り盛りしている。兄弟仲よく車の両輪のように……というよりエンジンとブレーキのような役割だろうか、といつも興味深く拝見しているのだが……。
この手のイベントは、往々にして理想主義的なエンジン役(兄弟のどちらとは、予想がつくけど言わないでおく……)の発案するものだろう。そして現実主義のブレーキ役は、はじめは首を傾げたりしたくせに、当日になるとやたら張りって動き回る、と相場は決まっている。
そうした光景を眼のすみで確かめながら、広々とした天然乾燥施設にならべられた展示板を見てまわった。じつは三寸角ほどの一般建築材をトラスに組み上げたこの巨大施設こそが、若い経営者たちの理念と意気込みのあらわれなのだが、それはまた別の話。
2尺3尺といった幅広板が整然とならべられている。背後に黒シートを貼ったのは、木目を見やすいようにとの配慮だろうか。これだけ展示に手をかけて一日だけの開催ではもったいないな、と思っていると顔見知りのログビルダー氏が、何枚もの展示品を購入している現場を目撃する。ログハウス向きの玄関ドアをデザインする彼にとっては、構想を刺激する無垢板ばかりだったのだろう。あいさつもそこそこに、それじゃまた、といそがしそうに展示品のほうに行ってしまった。
じっさい南会津の製材所との協賛だけに、種類は多いし、品質は申し分ない。加えて価格もかなり低い。いや、低すぎるほどだ。見ればみるほど欲しくなるが、しかし、そうはいかない事情がある。
「もう買っちゃだめよ。いまある板をちゃんと使いきってからにしてね」
と奥さんに厳重に言われて出かけて来ている。どれほど安くても購入するわけにはいかないのだ。
まったく、敷地のあちこちに積み上げてある材料は、いつの間にか溜まってしまったものだが、どこになにがあるか自分でもわからない始末だし、いちおうは雨除けをしてあるが、一度しっかり点検せねば腐らせてしまう、と考えたりするけど、
「せいぜい木工仕事に精を出さなくちゃな……。小説なんて書いてられないや」
と、いつもの結論に達しながらこの一文を書いている。