新しい年をむかえるにあたって、ふと「やってみるか」と思った。世間で言うところの「元旦の計」を立てても三日坊主に終わると覚って以来、ほとんどの事柄は出たとこ勝負、やりたくなったらやる、という気ままな暮らしをつづけてきた。それなのに「よし!」と思い立ったのは、たぶんに新型コロナウイルスが関係している。
3密にはまったく無縁の山里暮らしだから、およその日常生活に変わりはないけれど、押し寄せる感染拡大ニュースが気にならないわけはなく、かならず付いてまわる高齢者の重症化を聞かされると、ついつい重ねた馬齢とを引き比べてしまう。
だからと言って暮らし方を変えようはないのだが、同時に胸底でむっくり頭をもたげるものを止める手立てもない。前々から気になっていたことだから、「やはり、来たか」とうんざりしつつも、残された時間を指折って「やるとしたら今しかないか」と思ったりしたのだ。
決着をつけていない小説がある。「大河小説になりそう」と書評されたのを真に受けて、続編を書いたのがそもそもの間違い。着地点を見つけられないままに書きつづけ、ついには400字詰め500枚超を6冊も書いてしまったが、物語が中途半端なのは、どこかしら忘れものをしたような感じがあり、いずれは結末をつけてすっきりしたい、と考えないでもなかった。
そうした事情から「与一郎シリーズ」を書きつなごうと思った。けれどもストーリーや題名など何ひとつ決まっておらず、すべてはこれからスタートさせるわけで、史料の読み込みから手をつける前例からすれば、とりあえずの脱稿に1年ぐらいはかかりそうだし、その前に書きかけのエッセイ本を片付けたいので、いま少し先になるかもしれない。
しかしながら77歳の固くなった脳ミソに書きおおせる想像力があるかは大いに疑わしい。しかもわるいことに「たぶん次作1冊では決着はつかないだろうな」とも予想しているし、いっそ主人公に幕末を見届けさせてみるか、などという構想が胸底をかすめたりする。物語の現在地を考えれば、2年3年で片付くはずもなく、先の疑問に之繞(しんにゅう)をかけたようなものだろう。
まったくもって無謀、とわれながら呆れてしまうが、どこかで書いたように「やると決めたら絶対にやめない」との誓いもある。となれば全力を傾けるしかない。
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こんな思いで「お知らせ」を書いてみましたが、
しばらくの間、当ブログの更新はありません。
とすることに決めました。いっそのこと「ブログ撤退」とすべきだったかとも思いますが、当然のことながら書けない可能性もあり得るわけで、帰ってくる場所を確保するのもわるくはない、と未練たらしく言い訳を書き添えています。すごすごと戻って来たときには大いにお笑いください。