江戸期の既婚女性の化粧法に「お歯黒」がある。欧米人にやたら不評だったようで、外面を気にする明治政府が躍起になって禁止したり、故意に女性を醜くみせて貞操をまもろうとしたにちがいない、とうがった推測をする英国公使がいたりしたが、虫歯や歯周病予防に効果があったとの報告もある……という話は書き出し早々の余談で、この「お歯黒」を利用して木を染める方法を試してみた。
お歯黒は、簡単にいうと鉄分とタンニンの反応による「鉄媒染」だ。鉄漿付け(かねつけ)とも称され、酒・酢・ぬかを混ぜた水に古釘を入れて半年ほども寝かしてつくった溶液(つまり鉄漿水……酢酸第一鉄)を、タンニンと結合させて黒変させるものだ。
そうした鉄漿水もどきの溶液は、キッチンにあったお酢にスチールウールを漬けこんで反応させる。三日ほどでよいとの情報なので、その間に木工品をつくり上げてしまおう。
小さなマガジンラックをつくることになるが、材料には栗を選んだ。鉄漿水と反応させるには、なるべくタンニンが多いほどよいわけで、となれば栗材ということになる。もし他の材料を使うなら、組み上げたあとタンニン液を塗ってもよいらしい。歯を染めるには生薬の五倍子粉(ふしこ)を使ったようだが、栗の渋皮・のこ屑の煮出汁、あるいは濃い紅茶を塗る方法もあるらしい。
主題が染めなので、工程は写真で判断していただこう。もちろんすべてを黒く染めたいので、細い材もふくめて総クリでつくり上げ、ビスケット接合を多く使用したが、木工ボンドのはみ出しは丁寧にふき取らねば、染め残しの原因になる。
三日ほど漬け込んだ鉄漿水は、ややドブ臭さを感じる。時代小説に書かれる「お歯黒ドブ」とはこんな臭いだったのだろうが、すぐに慣れてしまいさほど気にならない。塗った直後は褐色だが、反応がすすむにつれて濃度を増し、重ねて塗りすすめれば真っ黒に変化してくる。塗りおえたら完全に乾かしておく。
おもしろいことに乾くにつれて青みを帯びてきた。万年筆などに使ったブルーブラックのインキを思い起させる色合いだが、オイルフィニッシュをほどこすと深みのある黒に代わる。それがまたおもしろい。
オイルを塗ったあと、少し時間おいてふき取ってしまうと、木目に入り込んだオイルが木目を浮き立たせる効果がある。また木地に脂分があったらしい部分がすこし黒さが足らなかったので、黒マジックで補修してみたが、ほとんど差異がなかった。
仕上がったマガジンラックはこんな場所に置いている。栗材のタンニンは、消臭効果のある柿渋石鹸の何倍もふくまれているようなので、いわゆるデオドランド効果も期待できるだろう、とのおもいもある。